大の苦手だった年末年始の過ごし方

スポンサーサイト

自由な時間

人は自由な時間を与えられると、性格によりその過ごし方が分かれる。

どうせならそれを存分に活用しようと海外へ行く人もいれば、こんな時にしかできないと趣味に没頭したり、新たな自分を形成するために学びを取り入れたり、普段寝られないからと思いっきりマイペースに休む人もいる。

僕らの船はまさにそんな感じ。海の上ではどう過ごしてもいい時間が山ほどあり、そんな洋上は1日に100を越える大中小のイベント、講座、ワークショップなどが有る。時には参加者として、時にはその企画を創る先生や裏方として、初めてチャレンジすることを重ねて違う目的を見つける人もいる。ただ、それらに参加しなくても、朝からお酒を飲んだり、ぼーっと海を眺めたり、ジムやプールで汗を流す人、喫煙所で出会った人とダラダラ話す人もいる。

けど、ほとんどの人々が実家に帰ったりテレビを見たりする年末年始だけは別だ。

年末年始なんて嫌いだ

勿論、家族との時間は大切だ。大人になるにつれ、家族や地元の仲間との時間は減っていく。

だからこそ、普段の感謝やいたわりを込めてゆっくりとした時間を過ごすのも悪くないだろう。

けど、友だちも思い出の場も乏しい自分は、ただ単にいつも会えている人たちと会えなくなるのが寂しかったりもして、予定がないと不安になるというやっかいな性格も相まり、いつもこの時期は困るのだ。

時間がもったいないと思ってしまう自分は、こういう予定も特にない連休に必死で予定を詰める。それが講を表したのも、偶然が重なったのもあり、今回はかなりリア充な年末年始になった。

年越しは妹分達や大事な仲間と共に今年を振り返り、来年を高めた。自由な時間に行くところは決まってそうで案外無くて、いつの間にかこのメンバーならどこいったっていいやと思いもするが結局色々行った。

そんないつもの渋谷や下北、お台場、新宿や馬場はどことなく違って見えて、夢中に生きている今を魅せつけられたように感じた。

小さな頃からテレビで見ていたスクランブル交差点の年越しは、警察の言うこときかない群衆の中で、あの夏の国会前を思い出した。やはりこういうのは、文句ばっか言ってないで実際行ってみないとその醍醐味を味わえないもんだな。

どことなく外国人の数が目立った渋谷だったが、なかなかそのカウントダウン感は味わえたのではないだろうか。またそのモブシーンは、案外寂しい人たちのたまり場だったように思うと少し切なくセンチメンタルになったりもする。

そこから朝まで呑んで、結局一日中ずっとなんか食ってて、それでいて東京駅まで沖縄に帰るキョウダイ達を見送りに行った。

新たな始まり。新年はどこか不思議と人々をリセットさせてくれる力が宿っている。

海や子どもを見ると、何で人は優しくなれるんだろう

実家に帰れば自分以外の兄弟は子ども達と親をあわせる。そんな甥っ子達は眩しいほど成長が早くて驚かされるが今の自分はどうだろうと頭を抱える。地元帰れば決まって挨拶に行く幼い頃から通った房総の海も、なぜか時間は止まったようにそこに流れているから面白い。

カモメやサーファーの群れを縁起のいい凧糸が横切る。そして波打ち際の風の中、大海原を目の前に無心にたたずんでみる。

すると不思議と都会の喧噪と離れ、いつの間にか優しい気持ちになっている自分に気付き、ゾクッとする。俺にもまだこんな気持ちが残ってたか。何度来ても、おなさい頃から見透かされている、ここのタイヨウと海の神様は、いつものように僕を鼓舞してくれた。

様々な想いを胸に、かすかな思い出や浮かんでくる誰かの顔、去年の悔やみ、今年の抱負。自然とダイアルをしていた携帯を持ってエンジン回し、高校時代の仲間に会いに行った。

地元の仲間の今

もう俺らも36。ティーンエイジの時のような生ぬるい時代を生きていないので何が起きててもおかしくない。山ほど金を稼いでいる奴、家族を築いてなんだかんだ幸せにしてる奴もいれば、離婚したり、はたまた闇の世界に入った奴も、音信不通になった奴もいる。何が善い悪いじゃない。そいつらしく生きていれば、その知らせを聞いただけで胸を撫で下ろす。

高架線をくぐり、海から五分の所まで会いに行ったのは、高校時代唯一繋がっているクラスメイト。とはいうもののここ5.6年はなかなか連絡を取ることもままならなかったが、立派な一戸建てと新たなご家族を見せてくれた。結局全く人格は変わってなかったダチを見て、彼お手製のブランコでオッサン二人は一服して言葉数少なくもこの年月を憂う。

こんな再会もあるから思いついたら電話してみるもんだ。

人生悪くない。

何もせずこたつにいたら数年の時を越えて巡り会えなかった感情だ。そこからまた悪友の面々と偶発的に会い、更に悪をやっていた仲間に会いに行き、いつのまにかまた「沖縄問題」や「憲法改正」を巡って右だの左だの激論を繰り広げる。つくづく思うがメディアの力は暴走していてなかなか手強い。

それぞれが勉強している人との対話ならまだしも、いかに今のテレビやネットがこういう意識教養をしているとおもうと天を仰ぎたくなる。が、地元のダチに伝えられんで何が世界を伝えらるだっつーの。

いつもながら自称右翼を証する仲間達は素敵な議論をさせてくれるもんだ。俺らのリアリティはどこへ向かっていくのか、有る意味楽しみにもなった夜だった。

(※隣で呑んでいた一回り以上下の子にとってもらったらなぜかこうなった)

正月恒例「日本はどうなる」系の特番

そして最後は正月恒例の深夜の特番だ。これがいつも面白そうなお題を持ってしてやっている割には結局何が言いたいのかわからず毎年最後まで見切れずに終わる風物詩だ。

今回は20.30代の若手論客が多かった気がするが、結局の所、世の中の人たちはあの番組をどんな面持ちで見ているのか気になった。

テーマにされていたのは「若者の雇用」「これからのAI技術」「資本主義の中での格差」「自殺問題」「安保」など政治・経済をあつかったものが主だった。

正月番組も多い中、チャンネルを変える人も多かっただろうが、目新しい若手活動家の皆さんの話はそれぞれの人間力のぶつかり合いといってもいいほど、一目瞭然の個性が交差していた。話を良く聞く人聞かない人、沢山喋るけど何言ってるかわからない人、少なくとも落ち着いて的を得たことを言う人。勿論この人船に誘いたいなと言う人もいたが、何よりああいう場に出向くオーディエンスの若者達と話してみたくなった。

じゃあ逆に自分ならどうやって創ったか。それを考えて、陸や船に持ち込むとしよう。

さて、そんな新年が明けた。これを見て下さっている希有なみなさまにとっても、人生における革命の年になりますように。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする