学びたいと想うこと

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いつからか学びたくなった世界のこと

船のゲストである大学教授にお呼ばれされ、授業後に元不登校の同僚と早稲田大学のキャンパスを探検した。焼きたてのパン、激安大盛りな学食、多くのフリースペースでは学生がテーブルごとににぎわっていた。かの有名な学生運動時代の名残もあり、複雑な造りで侵入者を阻止しようとしたという逸話もあるが、今でも構内の至る所に興味深い社会問題の企画などの張り紙なども目に飛び込んできた。

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僕らがお呼びいただいたクラスでも、「現代における若者の生き辛さ」をテーマに世界で起きている社会的背景も含めての授業だった。過去絶望していた僕がどうやって希望を見つけ出し、それを提供する側のNGO職員として働くようになったのか等を話し、生徒さん方とのディスカッションのコーナーではわざわざ寝ていた生徒さんの所に足を運び、いくつかのグループの話を聞かせていただいた。そんな中、僕を呼び止めてくれた関西弁の女の子は鋭い目線特徴で僕に質問を投げかけた。

「なんで学生時代の時に周りと違うと思っただけで社会のせいにしてたんですか?」

「今の日本って海外と比べるとそんなに劣っていますか?」

この子がいるグループの議論は本当に面白かった。元々答のない話。いくつか話し合わなければ行けないテーマも忘れて彼らの想いと対話した。その時に想ったのが、こんな勉強をこの歳でこの環境で出来るなんて羨ましいと想った嫉妬である。

学校にいい思い出なんかなかった

実際寝ている人もいれば、遅れてくる人もいる。大学に通ったことはないけど、多分僕もあのまま行っていたらそうなっただろう。もしくは来てすらなかったかも知れない。どのみち間違いないのは10代の時に勉強したいことなんてなかったということ。

自分なのか、はたまた親なのか、先生や教育の仕方なのか、誰のせいにするわけでもないが当時の僕は少なくともそうだった。だが今は違う。国際系の大学でやるであろうほとんどの授業に興味が絶えない。

大人になってから必要なことは、本当に見つけてみるまでわからないから、結局過去を振り返る。もっと早くから、こんな選択肢もあったら違う道を行っていたのかも知れないと想っても仕方ない。どちらにしろ僕は今の仕事のようなことをしていることは変わらないだろうけど、たまたま出合えた僕はいいが他を考えるともっと何とかならないもんかと考えてみたくなる。

歴史や世界に興味を持ったきっかけ

歴史に興味を持ったのは2004年の大河ドラマ「新撰組!」

世界に興味を持ったのは昨日お亡くなりになったカストロ議長らが1959年に行った「キューバ革命」だろう。

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世界に全く興味の無かった20代前半、ホテルマンをしていた僕はひょんな事から1人で高田馬場にある今働いている事務所に辿り着いた。そこで知ったのは、世界がいかに自分と密接しているかと言うこと。

例えば今何で日本はこういう経済状況にいるのか、どういう道をたどり、世界から見てどう想われているのか、に関してはあまり習わなかった(または全く興味を持てず寝ていたか)、もしくは気にしなかった僕としては強い衝撃を受けた。特に覚えているのがキューバ革命とパレスチナ紛争のことなのだが、「革命家」チェ・ゲバラを一躍有名にしたカストロ率いる革命軍の活躍なんかはある種漫画よりも凄い話しなので驚いた。サンディエゴ・デ・クーバの港に降り立ち(このときに待ち伏せされていたバチスタ政府軍により数百人殺される)、2万人の軍隊に対してたったの12人の戦いでその後のゲリラ戦を勝ち抜き、親米独裁政権をひっくり返して人々に自由をもたらしたのだから。とはいえその後のカストロ反対派への粛清や亡命などで一部からは忌み嫌われていた独裁者のように書かれているが、幾多の暗殺を乗り越え、ガンジーやマンデラ亡き今、紛れもなく最後の革命家が絶命したのだから世界は変わらざるを得ない。よりによって米国大統領が不動産王になってしまうこのタイミングでだ。数年前にも2度ほど僕らの船が入港したときに千人近くの乗船者を国会議事堂宮殿に招いてくれた。賛否はともかく、「あんなに強い米国の後ろ盾がある政府に物言うなんて絶対無理」といわれた当時の絶望的なキューバから人々の目に輝きをとり返した伝説はでかい。この切ない時代の中で、ご冥福をお祈りします。

学ぼうとする人の美しさ

そんなこんなで20代半ばで世界を知りたくて貯まらなくなった僕はありとあらゆるものの基本を学んだ。主には船の中の企画でだが、学んだものはなるべく伝え、僕自身もインプット、アウトプットを繰り返していた時期だ。

そんな中、数年前に船内で出会った赤髪のギャルがいた。彼女はいつも間違いない講座イベントに必ず出席し、1人で最前列の席に座って居たので、いつの日か思わず聴いてみたことがあった。

「何できみはいつも世界の講座を聴きに行くの?」

すると彼女は笑顔で僕に即答した。

「だってこれって未来の自分の事じゃないですか」

二十歳そこそこだった事実にもびっくりしたが、しばらくお互い笑顔を見せ合ったのを覚えている。

僕らがずっと今でも繰り返していることの本質は、ここに詰まっているのだと、今でも時々思い返すのである。学ぶ姿勢を弱めない、そんな自分でこの時代を生き抜きたいと。

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