世界の名作の数々と、僕らの日常との境界線

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海外のいいものたくさん

ちょっと前にUSJに行き、一回も見たことがなかったがハリーポッターにハマった。数々の作品や海外の地を見てきたが、見たこともないくせにあの世界観が気になって仕方なくなり、一週間で7本のDVDを制覇した。「ヒット作は意地でも見ない」という当時の意地っ張りが徒となって今に返ってきたが、これは素晴らしい作品だと今まさにのめり込んだ。ややこしそうだからと嫌煙していたが何のその、これは多様性が認められない「差別」と、弱者に対する「弾圧」の戦いのお話。

聴けば作者のJKローリング自体非常に過酷な人生を歩んでいるようで、その裏話は納得出来る。

いつの世もどこの国も、表現というのは実体験から来たものがリアルに反映される。今の時代に合ってるものしか流行らないのは、時代がその声を、その感情を求めているからなんだろう。

こういうのが流行るくらいなら世界は終わってない。

だがしかし、その割には世界からイジメや差別、紛争が無くならないのはなぜなのか。

それは見る人々がスクリーンと日常を綺麗に切り離しているからだろうと、僕は想わずにはいられない。

ROCKで表すレジスタンス(抵抗)

かたや先日もSLIP KNOTをはじめマリリン・マンソンなど世界のROCKの神々が来日し、日本のROCKバンドと2年ぶりのKNOT FESTに再戦してきた。

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ROCKのいいところもまた理由無き格好良さなのだが、これにもまたそれぞれのバックグラウンドは欠かせない。権力者に対する抵抗や、社会の無秩序に対する攻撃力はわかりやすく、それらによって打ちのめされてきたすり切れた人間にとっては強く共感しやすい。

マンソンなんかは10年以上前もライブに数回行っていたが、数奇の人生を送っている。幼少時からろくな大人が周りにおらず、親からの虐待やキリスト教の学校に入っての絶望し、その後聖書を破り散らすライブでおなじみの反キリストがテーマの暴力的に見えるアルバムが全米で一位を飾り、時代に中指を突き立てた。マンソン自身が詰め寄られたコロンバイン高校の銃乱射事件も、マイケル・ムーアの映画「ボーロングフォーコロンバイン」でもなかなかのイデオロギーを振りかざすインタビューが確認できる。

スリップノットのメンバーもそれぞれとてつもない人生を歩んでいるが故、その過激なパフォーマンスや歌詞により、故郷アイオワの片田舎の不良共は世界中で絶大の人気を誇るビッグバンドに成り上がった。

共通するのは米国政府なんてクソなんだというところ。そこら辺を惜しまず表現しまくる。

だからROCK野郎立ちを束ね上げることが出来るんだろう。こんな世の中だけど、「俺たちを忘れるんじゃねー」。「これを見てみろお偉いさん方」そして「立ち上がれマザーファッカーズ」「俺たちはここにいる」と。もともと3年前の航海で知ったホルモンのチケットが取れずに行ったノットフェスだったが、それ依頼再熱し、彼らのことを調べまくったが、そらカッコイイ訳だ。

dsc_0308.jpgROCKと政治は密接に歩んできた

前回の参院選で、FUJI ROCKにSEALDsの奥田君が出ることになったとき、世論からは「ROCKに政治を持ち込むな」というナンセンスな風評が上がったことがあった。これに対し、我らがLUNA SEAのSUGIZOさんも言っていたが、「音楽に政治がNGなんて糞食らえ。ロックは社会と共にある」と。

それもこれも身近に感じてこそ発揮されるリアル

こういう事も踏まえて、僕らは数々の作品の中で生きていると言っても過言ではない。

むしろそうやって生きなければつまらないこともある。けどたいていの人たちはそこの大事なところを切り放ち、「現実を見ろ」「あれは映画だから出来るんだ」「俺はロックスターじゃねえ」と愚痴をこぼす。んなもんはやってみないとわかんないだろ。少なくとも経験者にしか語れないし、挑戦しなくなるから評価されない。評価されないから諦めることが大人になることと勘違いした世代が出てくるんじゃないだろうか。

この世界に出ているありとあらゆる作品は、誰かの人生の生き写し。

けどそこに胸躍らされる何かがあるなら、少なくともあなたはそんな人生を求めているんじゃないだろうか?

先日の米国大統領選の夜、非常にタイムリーな映画をたまたま借りてきて見た。

「大統領の執事の涙」

敬愛するスネイプ先生演じる故アラン・リックマン(しかも今年の頭に亡くなったらしいのね)の映画を見たいと思い、ジャケ借りした映画だったが、これが思いの外名作だった。震えるほどの米国における激動の歴史の陰で関わった人物の実話を元にしたストーリー。これだからノンフィクションは面白い。けどまたこれも本物のノンフィクションなんてものはねーという議論にもなりかねないので差し控えるが、漫画のような現実を通り、今がある。そしてマキシマム ザ ホルモンの亮君も言ってるが「非現実っぽいぜ真実は」と言う言葉が当てはまる。

それもこれも世界を知らなければ対岸の火事で終わった出来事のひとつかも知れない。

現在、世界中で米国新大統領トランプによる波乱が危惧されているが、特に米国の状況は日本に直結することもあり、もはや他人事ではない。僕の周りにはこのことで頭を抱える仲間が沢山いる。

そらそうだ。全てはこの身に降りかかる、僕らの未来のことなんだから。

だから僕は世界をもっとリアルにとらえたいと生きる

これだけ沢山の本、映画、音楽、ドラマ、人物などの名作に出合える時代に生まれて幸せだって想うし、心からもっと想いたいと願う。

船に乗る以前の僕は必死に言い訳のように「生まれてくる時代を間違えた」と思いこみたかった。出来れば幕末の動乱(もしくは学生運動時代)に生まれて若く散りたかったとはよく聞く話だが、僕自身強く共感していた。

けど、何一つ見つけられなかったのは世界と自分を分離させていた自分のせい。そういうリアルに触れてこなかったからだけなんだ。そう、ただ「知らなかった」だけ。

尊敬するジェネレーションタイムズの伊藤剛さんは言っていた。「この時代に生まれてきたからこそ、うちらの時代が一番楽しかったって言いたい」。これこそが今を生きる僕らの最大のテーマなんじゃないだろうか。

それでも世間では大きなことを言えばバカにされ、夢見る若者は減り、社会全体、世界中全体が現実を知れば知るほど絶望ムードになっていないか?

確かに昔に比べたらそうかも知れない。時代が違う。

けど、それでも確実にカッコいい大人達は存在する。だからこれらの作品も世に生まれ、そんな人々に愛される。だからこそもっとこれらを自分事としてとらえることが出来たとしたら、人生は一変する。

だから今日も船を出す。人々に夢追うリアルな冒険と、そんな中で戦う間違えない人たちの人生を繋げるために。誰にもこの時代に生まれてきたことに言い訳して欲しくないから

ロッキンポ共を今日もぶっ生き返す!

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