潮の路~僕のあしあと~

アイデンティティは海賊

「そもそもお前は誰だ?」と言われないように、まず自己紹介してからでないとなかなかこの部屋も続けにくいので綴ろうとするが、うまいこと指が動かないものだ。

今でもそう。自分に自慢できるものがあるとすれば仲間だけだ。じゃあどうやってその仲間は集めてきたかと言えば僕の場合は船になる。そしてアイデンテティは海賊。かといって海の盗賊をやっていたわけではないのでまあ待って欲しい。

24歳の時に海に出て、今ではかれこれ十回の航海を繰り返してきた。地球にして6周分。国にして5〜60カ国だろうか。海外旅行や旅が嫌いな僕でも出逢いを繰り返す冒険は続けている。

その中で沢山のことを学んだが、一番大きかったのは大嫌いだった「人」のことが好きになれたことだろう。

海に出るまではとにかく狭い世界でただただ喚いていた。この世界がここまで豊かで優しいことなんてちっとも知らなかった癖に、いっちょまえにロックで抵抗していた気になっていた。今想えば「どっちがクソだ?」と言いたくなるほどの死にたがりのワガママなガキだった。

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こんなクソみてーな世界はいつか壊れたらいんだ

海の近くの荒れ果てた土地で生まれた僕は決して裕福ではない家に生まれたが、それなりに恵まれてたんだと思うようになったのは、仲間が増えてからか らきづいたことだった。その頃の僕は学校や大人に対して違和感やたいくつというものしか感じておらず、そんな僕がはまっていたのはファミコン、ドラマ、漫 画に音楽、格闘技だった。それと海賊。

海賊達のように自由で楽しめる大人に

物心ついた頃、家族と一緒に行ったディズニーランドで見た「カリブの海賊」の衝撃は忘れられない。

「何でこの大人達はこんなにも楽しく自由に生きてるんだろう」

いつしか僕は当時ONE PIECEもパイレーツオブカリビアンも無い時代からドクロを身につけるようになる。社会に反旗を翻し、無謀とわかっていてもおのが信念の夢を向かい、自由を求める海賊になるためギターを掻き鳴らしていた。

ここで僕の影響を受けた大人を3人上げておく
X JAPANギターのhideさん、当時の中高生の人生相談「正義のラジオジャンベルジャン」パーソナリティ「叫ぶ詩人の会」ドリアン助川さん、プロレスラー「黒のカリスマ」蝶野正洋さんだ。
今となっては僕が17歳の時に亡くなったhideさん以外はお会いすることもでき、ドリアンさんとは飲みに行ったり対談できるほどの仲にもならせ ていただいた。本当に人生、生きてさえいれば何が起こるかわからないものだ。彼らから学んだことは、本当に今に生きて繋がっている。

今の自分を一言で言うなら海賊

そもそも僕の中の海賊とは、仲間を集めながら海を渡り、そこでの出合いや知らなかったことを共に学びながら、世界を巡って宝物を集めてくる航海を 繰り返すこと。そうやって自分や目の前の人や世界の常識を少しずつでもぶっ壊していくもの。 仲間と得た学びをもとに想いをのせて共に新聞を創ったり、国内外の著名人と壁を越えて交友を築いたり、不登校・引きこもりを含む自分を変えたい若者たちと コミュニケーションを楽しめるようになるプログラムを船の中でコーディネートしてきた。 陸では小中高大で授業をしたり、夜回りで今生きることと戦う若者たちと語り、夢を追い求める人の人生相談電話をし、同僚の仲間たちと世界を学び伝える企画 をしてる。主な専門はパレスチナ問題や自殺問題だが、比較的マイノリティに対する抑圧全般だろう。貧困(途上国や紛争国、そして日本)、差別(在日、部 落、ハンセン病)、世界の戦争全般に安倍政権による暴走や日本の無関心についてなどなど。そんなところに旗を掲げる。
何だかんだ生きてこれた先にこんな人生が待ってたなんて、なんつーロックな人生だと、改めて幸運に想うのだ。 かといってもちろんこの現状に感謝はすれど、まだまだ満足してるわけでもない(つーか社会に対する怒りで元々やってる)から、常に新しい出逢いが耐えない ように動いてる。

これからもそんなこんなで船を出す

人は変化を重ねて成長する。生きていれば良くも悪くもそうやって時代はまわる。気持ちや周りも変わるから、同じ景色なんてあり得ない。だから今を必死で生きる周りと共に過ごせてることがとても大事。

人はいつまでたっても愚かで繰り返すものだけど、どうせならクソみたいな現実は壊したい。

そうやってこれからも海に出て行くつもりだ。愛すべき仲間達と共に。

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