Choose Life…

「人生を選べ」

大好きな映画Train spottingのキャッチフレーズ。それほど僕らは今を選べていないことが多い。無意識的に何に恐れ、何を楽しみに、何を選ばされているのか。

あるがまま自由に自分のいきたい方向へ行ける人、なんだかんだ勇気を得られず現状維持に縋りつく人、未だにまわりの文句ばかり言って更に深みにはまる人。

全ては自分が選んでいる自覚と、そこから抜け出したいという想いがあるならその分の覚悟が出来ているかどうか。

これらは例外なく、僕らみんなに問われている常日頃の問いである。

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今自分は「人生を選べ」ているのか

仲間らとドライブ行った琵琶湖水が浜。

最近付き合う人も変われば、変わらない人もいるが、その分の僕のキャパに変化はないにしろ、波動や魂レベルはよーく見えるようになってきた。

その分問われる今の自分も、毎日反省の繰り返しで立ち向かわせてもらっている。

まずは今の自分の体も健康も、目の前のやりたいことがしっかり眺められているかどうか。毎日読みたい本をむさぼるたびに、さらに見たい本や映画も増えていくけど、久々に手帳一冊で紙とペンに向き合い、色々書きだしてみた。

今自分が選んでいるものを確認させてもらうのと同時に、もっとやらなきゃいけないことではなくてもっとやりたいことも見えてくるようになる。なるほど、自分はしっかりある程度は選びたいものを選んでいるから、周りでグチや文句を言っている人を見ると悲しくなるのかもしれない。

それも一つの愛のかたちであるが、最近ひょんなことからかかわらせてもらうようになった若者メンタルサポート協会がおもしろい。

もともとフレンズハイクという、人で繋がっていくヒッチハイクの人版のオンラインイベントで、パーソナリティを務めている「流しの学校」の寺田校長先生から音楽プロデューサーであり、メンタルコーチのギースさんに出会わせてもらってからのご縁だ。そこからあれよあれよと代表の沙織さんと繋がり、渋谷で行っているラジオ番組にお邪魔させていただくこととなり、そのまま鎌倉のご自宅での決起集会に参加させてもらった。

今じゃ10代の悩み多き若者たちのLINE相談やZOOMの居場所にお邪魔させてもらえるようになったが、夜回り時代が懐かしくなるほど、一生懸命生きている若者とかかわらせてもらっている。

本当に毎日みんな死にたいと思うほど行きたくて、壮絶な日常や苦手なことにも向き合ってしっかり生きているさまを見せつけられるのは、こちらとしてもかなり背筋が伸びる想いだ。

声なき声に指を這わせる

鎌倉での出会いと再会。ホンマに人生はここぞというタイミングで人をつなぎ合わせる

そんな場所であるから、そこをサポートする大人たちもまた面白い。ただの正義感や同情では成り立たないので、さすがのバックグラウンドと思いを持った方々が集まっているのでこれもまた面白い。だからこういう場が成立するのだが、沙織さんが「私人運だけはいいから」と豪語する通り、面白いムーブメントが起きている。

やはりどこまで行っても人は人なのだ。その人がどう生きていて、何を選んで今そこにいるのか。ここはすごく明確で、真剣に今の若者たちの背中を支えたいと想う大人たちがそろっている。これこそ社会の見本で、家族や学校、職場の人にも言えない悩みをどこに行けば聴いてもらえるのかという仕組みがしっかり出来上がっている。それは夜な夜な毎晩、いろんな若者たちの様子をうかがいながら試行錯誤して、大人たち含めて日に日に成長していける相互作用があるからだろう。こっちもものすごい感動をもらえるのだからWIN WINの構造が出来上がる。

もともとは全く知らなかったもの通しが繋がり、普段は周りに言えないことをしっかりぶつけ、しっかり受け止める。そうやって声なき声が生き延びれるすべが出来るのだ。今まで大人たちが作ってきたものも、そこではじめて大人も、大人になることも悪くないと実感させてもらえる。

そうやってやり場のない思いや矛先が見え、今を生きる光となる。

かたやいつまでたっても気づけない大人たちもいる中で、これまた最近姉弟分の契りを交わしたねーねーからめぐり合わせてもらった本がまた面白い。

どうやら宇多田ヒカルの元旦那で、すべてを手に入れたけどそれをまた無くしてまで再出発した人の物語だ。いろいろな実体験を踏まえて、迷える人の前だけに現れる劇場を舞台に、様々な困難にぶつかっていつまでも変われない大人たちとのやり取りが繰り広げられている。

結局自分が求めていることも知らぬまま、何かに向かって生きている

故郷「海の京都」からのジオパーク巡りドライブ。

この本が面白いのは、みんななんだかよくわからないものに縋りついて生きてませんか?と気づかせてもらう形式になっている。

なるほどこういうアプローチで伝える手法があるのかと衝撃を与えられる。誰もがわかっているつもりで、変えられない毎日をなんとなく過ごしてしまっているかもしれない。

夢、悩み、居場所、大事なもの、嫌いなもの、憧れるもの、どうしても向き合えないもの。

なぜ自分がそれを選んでいるのか。

けどそれがなんなのか、しっかり説明できる人はなかなかいない。面白い作品も巡り合わせもあるものだ。わかっている人はこういう出会いを無駄にせずにすぐにキャッチするし、そうでない人のところまではなかなかこういう情報も来ないし、来てもすぐ捨てられるか、見ても何も感じ取れないかなのかもしれない。

とにかくどこまで行っても自分。これに尽きる今日も、夕立が全身に気持ちいい響きを与えてくれる。

先がわからない未来におびえるのではなく、どうなろうが大事な今をどんな面して生きてんのか。ホンマにただこれだけの話なら、もっともっと、遠慮せず楽しませてもらおうと想う。

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