関西の遊び方

ようやく関西が板についてきた。

先日は元SEALDsのメンバーと5/3なんばパレード「自由と尊厳の祝祭」のためのミーティング。去年の船でも一緒だった元SEALDs KANSAIのメンバーに大阪にいる生徒共にお誘い話受けたが、いやはやなかなか頼もしい方々が動いている。

そしてようやく遊びにも行けたので珍しく今回はリア充っぽく上げてみる。

大阪事務局でのボランティアスタッフ打ち上げ名物長太巻き

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年パスから見えるエンターテイメントの限界

平日の昼間から海外出張帰りの同僚と好物のバタービールが飲める日常

3年前からはまり通い(映画も見)始めたホグズミード村。地球7周世界68カ国を訪れた自分の中でもトップクラスに好きな街。エンターテイメントパークだけに当たり前かも知れないが、ここには細部にまで楽しめるようにこだわったプロの技が見られるから、飽き性の自分にも嬉しい限り。

「関西に行ったら絶対ほしい」と想っていた年パスはなんと月々2000円ちょいの12回払いで購入できるから貧乏人の自分も難なく手に入れられるからうまくできている。

心のふるさとホグズミード村にもこれで来放題。関西に来るときはお越しやす

京都と一緒でここも世界中の観光客が集まるからおもしろい。この日は集合時間に起きるというハプニングがあったものの、これまでグリフィンドールのマフラーをつけて夢路を急ぐ女子高生を眺めるだけだったが簡単に来れるようになった。結果行ってみればレイブンクロー(我がクラスメート)なんて探すのは容易ではないほどのマイノリティ。

海外からの来訪者も多く、アジアの方々などは区別がなかなか難しいためにいくつか目にとまったことがあった。オリバンダーの杖ショップでの出来事。Englishネイティブであろうオリバンダー役の外国人が一人の少女(20歳前後)を指名し、英語と日本語の2言語対応で杖を振るよう説明した。するとその子は多分中国人ぽい子で(この書き方も難しいな)言葉が通じてなかった。やっかいな人を引いたなとおもったのはオリバンダーだけではない。4クラスそれぞれのホグワーツ生が行うストリートショー(これも英語と日本語の2言語対応)で、前にオーディエンスから1名を来場客から選ばなければならなかったのだが、この子(グリフィンドールのフルコス)も多分中国人っぽくて全然伝わってなかった。あげく「ウィンガーデアムレヴィオーサ(宙に浮かせる呪文)」ごとき初歩系の呪文を唱えるのもやっとで見ていて不憫だった。

この子がナニ人だったかはわからないが、とにかく英語と日本語だけじゃ伝わっていなかった。そこら辺を見てしまうと僕らの船でも去年からは4言語対応(日中韓英)に変えたことにより通訳スタッフも3倍に増やしたが、もっと多くの配慮が必要なことに気がつく。

勿論僕らが海外に行くときも多く気付くことだから、別にすべてを全言語対応する必要はないし、それは不可能に近いだろう。どのみちマイノリティは出てくるし、きりがない。そもそもちょっと前までこういうことはなかったが、世界が多様化しているからこそ浮き彫りになってくる現実。

アトラクションなんかは日本語対応のみだ。これではよっぽどわからない。だからといって数カ国語の字幕を入れるのも違うからここはUSJとしてもかなり議論にはなったことだろう。僕らの船でも「どこにいくつの言語対応をつける企画を作るのか」は毎日ミーティングで打ち合わせている。

そんなことを想いながら言葉って改めて大切、だけどこういうとこだと限界があるなあとしみじみ考え込んだ。

ボーバトン校&ダームストラング校の生徒さん方と、しれっとレイブンクロー

それでも「世界一のエンターテイメント」を提供するUSJならではのはからいによりおかげで楽しめた。土産も飯も鬼高いけど、こういうところに年パスの皺寄せが来てるのかと痛感。

大阪港からも望める我らが母校、ホグワーツ城

仲間という場所を求める今時の若者

そして週末は妹分から誘われて向かった京都の奥地までのドライブBBQでは50人くらいの若者が集まっていた。参加年齢層は1歳から40代くらいまで。そんなひとらが数人で別荘のようにシェアしている広くてお洒落な古民家へ向けて車を走らせた。とにかくいろんな人のランダムな人生をかいま見ることが出来た不思議な空間だった。

特に大人になってからでいる友達はいつだって新鮮で、素の自分で勝負しなければいけない。こういう場所でこそ役職や年収は関係なく、どう生きているかが問われるし、客観的に自分も見ることが出来る。

雨の土曜日もなんとかソラが味方した美山の山々に囲まれたBBQ。

おいしいご飯と普通じゃあり得ない人生エピソードはこういう場所なら自然とはなせるもの。

そして何かを打ち明けたり、相談したりすると「だったらあの人に聞いたらいいよ」と、その道の専門家にすぐで会えて繋がれてしまうのだ。

ちょっと前までは、こういうパリピ的な空間が苦手だったけど(自分の船でもたまにそういう人らは見かけるが)それもまた一つの偏見なのかも知れない。中に入りさえすれば人間対人間の人生をぶつけ合うことが出来る。この日も久々に年上のお姉様やお兄さんなどに色々ご教授いただいた。

そして夜は桜のライトアップと花火。まさに画に描いたようなリア充の週末である。けどそれも誰と何を話し、どんな明日へ繋げるのかによって全く違ったものへ変化していく。

「ただみんなで飯を食って楽しく遊ぶ。それ以外は何もないけど、こういう場所こそ持続可能なニーズがあるところなんじゃないかな」と、企画者の一人が言っていた。

確かに。だが京都にはこういったかたちで、誰かがやりたいといったことをやれるように人が集まる習性があるらしく、若者だけで数百人規模のフェスなんかも出来てしまうのだ。

本当に人々の力には恐れ入る。けどこれはすべて、ギブ&テイク、もしくはギブ&ギブの精神が必要であり、それらはすべて自分に返ってきてくれるフェアな社会があるのだ。

夜桜と花火とはじめまして

繋がるべく者は自然と引き寄せあう

美山の古民家二階から

下では数十人が車座になってわいわい話している。僕は一人、世界中から集められてきたであろうこだわりの家の二階に上がり、ハンモックに腰掛けていた。するとこの家の主でもあり、一番話したかった実業家の彼が僕の隣のソファに座ってきた。そこで切り出される互いの世界の話。僕は不思議といつもこういうくじを引く。

黙っていたり、本心を開けなければ誰と何処で会っても何にもならない。そういう人に限って後でぶつぶつ文句を言う。みんないい人で終わるのか。具体的に繋がる何かを導ける関係をつくるのか。繋げた人も繋げられた人もそれなりのリアクションが問われている。

人は痛い失敗をしないと気づけない。

けど、そうやって大きく転んだときですら、自分の怪我よりも数倍大きな病気ですら治す術を持っている人はいる。そういう人らとどうやって繋がって行けるのか。

今日もこういう機会を引き寄せてくれる自分の周りに感謝をしたい。

city Walk OSAKAハードロックカフェ前にて

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