人生を選ぶということ

終電を逃して京都駅から一駅の最寄り駅まで山を越えて一時間半かけて帰る。そんな山から見下ろした眠れる街の絶景

三十三間堂などの重要文化財を通り越して、わくわく山道を登っていくと、気付けばうっすら見える両サイドは墓の山。「将軍塚」といういよいよそれっぽい看板が見えた後、待ちかまえていたのはいかにも出そうなトンネル。京都駅から一駅(電車だと6分くらい)とはいえ、山を越えるからと今まで文字取り通ってこなかった道。されど行ったことのない道は行ってみないとわからないと朝から大事な用事があるからこそここまで来たものの、マジで引き返そうと思った瞬間。この時点で1時間近くは歩いていて時間はちょうど丑三つ時。

だがそれまで一人っきりだった山道に、よく見るとトンネルの中に人影が見えた。20代半ばくらいのヤンキー風な男性が五人ほど100mほど前を歩いている感じ。これに少し気を許したのかトンネルの中で囲まれたときの想定よりも、ここから引き返すことのめんどくささが勝った僕はトンネルに足を踏み入れた。耳から流れる唯一背中を押してくれる音楽はXのベストアルバム。そこからも道中色々あったが肌寒い梅雨空の下、2時半頃には汗だくで帰宅できた。そうまでして冒険と再会は楽しいのだ。

いやはや人生というものはやってみなたら何事も身に染みてわかるものである。

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戸惑いこそ人生

船で100日を共にした愛しの生徒は今同僚に。それぞれの思いがあり、僕らは船を出す。

それでも時に、誰だって人間だからその歩みややり方、休む時間や動く速度はそれぞれ違って当然。

とまどいを感じて休みを取り、こちらに訪れてくれたのでこの深い動乱の歴史講座と共に京都の町を案内した。

選りすぐりの京都幕末史跡検証ツアー。いくつか上げたルートの中から彼女が選んだ行先は三条大橋。140年前京都幕末。ここでは多くの歴史が刀傷と共に刻まれていた。新選組局長近藤勇のさらし首。その後何者かに奪われて歴史の闇に消えていったミステリーの中で、鴨川が流れるこの橋では池田屋事件はもちろんのこと様々なドラマが生まれては流れてきた。

午前中はこの橋の真下の川間に佇む石の上での近況報告になった。先日のゴールデンウィークから同僚として船に乗り込み、逞しくなって帰ってきたと思えば突然の休暇。この機会に大事な人に会いにいくという旅を企てたまだ未成年の愛弟子。

だが迷って当然。世界を知り、自分に何が出来るのかも、周りと自分を比べてしまうこともあるだろう。それでも選びに選んできた現在、だからこそのふがいない自分に憤りや戸惑いを感じて苦しむ若者。それでこそ人生を一生懸命生きている証拠だが、当の迷える本人はせっかく得たはずの経験や気持ちですら見えなくなるほど視野も心も狭まっていた。

そんなわずかな選択で目の前まで来てくれた生徒を抱きしめる。僕なんかよりも頭も心もいい子だ。だからこそこちらも話を聴いていて胸が詰まる。

選んだからには知る努力

生徒と土佐の英雄の前で@幕末検証ツアー

今の子がどうとか、時代とかの話ではない。

自分が自分の人生を選ぶという経験には試練がつきもので、これは若ければ若い方がその経験も活かせるというものだ。勿論年齢は関係ないが、ハードルは少なからず上がるからやり甲斐も上がるという訳だが、そんな余裕が比較的ある時の方がやりやすい。

乗り越えた分だけ強く広くなれるのなら、その苦難と思っていた試練をいかに好機ととらえて乗り越えていけるかどうか。それが自由の名の下に選んだ責任だ。これをなくして有言実行も目標もない。転んだって泣いたってかっこわるくたっていい。本当にかっこわるいと言うことはそれらからもやる前に言い訳を並べて何もせずに諦めてしまうことだろうから。

最近僕自身も新しい挑戦の元、今までと同じく過ごしていては変化も遅いので仲間の薦めで久しぶりに「100コ夢を書く」という行動をした。こうすることにより、今まで漠然としていた目標へのイメージに近づくという有名なやり方。確かに。これらが手に入っていないから自分の日常を変える必要がある。有る程度の出来事は日頃の行いからもヒモ付くのでやらないよりは確かに意識はする。そしてまた自分の目標は本当に求めているのかどうかも問われるし、これぞいい転機にもなる。

そうやって人生は常に変わり続けなければ「自分が得たい日常」なんて手に入らないんだろう。

勿論、やりたいことがわからなくなる若者の悩みも理解できるが、それを探すことや、探さなくてもいいことも選択肢に入れてみてはいかがだろうか。

めくり巡る人生の交差点で引き寄せ合うもの

三年坂で行き会った日本一周ハネムーン中の素敵な地球大学夫婦

そうやってまた人は引き寄せられる。

あのときは分かち合えなかったかも知れない大事なことも、失って初めて気付くことも、それらをやり直すことだって大抵可能なんだろう。

僕にとって、再会し会える仲間とはそういうことを常に実証して教えてくれるものだ。だから疑わない。諦めずに動き続けるから、しんどいときでも人に会える。

先日、去年の帰航ぶりに電話した大事な妹分から電話が来た。元気でやっていてもそうでなくてもいい。そうやってまた話したくて、自慢できる近況なんて持ち合わせなくて全然いいから話したい人に連絡できることを忘れないで欲しい。

僕自身、そうやって救われてきたし、また違う角度で目の前を見つめ直すことが出来たんだから。

今まで出会ってきた皆も、そうじゃない方も、またの再会と出会いを楽しみにしてるよ。

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