尊敬する大人たち

宇井さんが世界で集めた子どもたちの夢の絵で創る交響曲対談

関西での出合い、再会は続いている。改めて「尊敬できる大人」というのはいいものだ。

年齢も職業も年収だって関係なく、有名無名関わらずこれらは単純にどんな生き方をしているかが問われている人間力。少なくとも僕の中ではそうだ。よくぞそういう生き方でここまで来れましたねとリスペクトできる人の人生は聴いているだけで胸がスッとするほど希望をくれる。

先日は僕の尊敬する大人の一人であるアニメーション映画監督の宇井孝司さんがうちの事務局で僕と対談企画をしてくれた。

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宇井さんが大阪に来てくれた

アニメーション映画監督宇井さんと、大阪ボランティアスタッフのみんなと

宇井さんとは2011年に出会って以来、公私ともにお世話になりっぱなしだ。とにかく一貫した社会的メッセージやそれぞれの意味や影響にこだわり今まで数々の作品をつくってこられた。手塚治虫さんから「ジャングル大帝」を託され、一世を風靡した夏の代名詞「タッチ」やテレビ版の「リトルマーメイド」も手がけている。

数々の巨匠と仕事をしてきただけ有る中で、「山の人らの間でやってきたから自分みたいな谷の人間でも底上げさせてもらった」と語る彼の話に勇気づけられる人は僕らの船でも数多くいる。先日現在航海中の船を下りたばかりだというのに「けんちゃんの異動記念だから来たよ」と、3日間付き合っていただいた。

これからの船に乗る予定のボランティアスタッフの子たちも宇井さんのお人柄にすぐに引き込まれ、イベント終了後の交流会でも遅くまでわいわいしていた大阪のセンター。

本当に宇井さんは少年時代から変わらずそのまま大人になってきたであろう方で、気兼ねなくまだ名前も覚える前の子たちと最近ようやく手に入れたスマホでLINE交換をしていた。

僕らの船には心から憧れる大人が沢山乗っている。そのうちの一人である宇井さんがこうして関西でも企画をしてくれたのは非常にありがたい限りなのだ。

この間も着々と広がり続けている「平和交響曲プロジェクト」(世界中の子どもたちから夢や希望をテーマに描いてもらう絵をオーケストラにのせたアニメーションにするプロジェクト)も、今回の航海でドイツの平和村を訪れたことにより、更に完成に近づいたようだ。そこで宇井さんが出会ったのは、世界中の各紛争地で傷ついて療養中の子どもたちだ。彼ら彼女らの中には絵を描いたこともない子や、そもそも手を失ってしまった子、宗教上の理由で絵を描くという概念すらない子もいたらしい。それでも自分らが望む世界の絵を描いてくれたと言うから、完成がまた楽しみになった。それもこれも宇井さんのようなプロがいるから、それに呼応する人らも次から次へ出てくるのだろう。

主義主張以外の仕事は受けない彼の背中を見ていると、好きな仕事の中で生きていくことの凄さとこだわりをいつも感じる。それでも周りにいる人たちとの時間を楽しむことの大事さをわかった行動がまた人を引きつけるんだろう。

会終了後、宇井さんに群がっていくボラスタのみんな

尊敬できる大人

新たにお気に入りになったアジア系の「エレファントカフェ」

僕がまだ未成年の時、尊敬できる大人があまり回りにいなかったから何も目指せるものやなりたいものなんてなかった。もっと言えば今は違うが、社会に出てからだってそうだった。だからことあるごとに絶望や死が近かったのかもしれない。

厳密に言うとそういう人を探し出せるほどの人間力もコミュニケーション能力や行動力も持ち合わせてなかっただけなのだが、それくらい環境や人を繋げたり深くなったりする環境は必要なんだと思う。

インターネットの情報ばかりが無限に見え隠れする現代の中で、なかなか何処で何がやっているかわからないコミュニティを探し出すのは人からの繋ぎが大事。けどそもそも底まで信用できたり、目指せる大人がいないから動く気も選択肢もない。

だから僕はこんなところに心と経験を置いてみる。

いつだってどこかに引っかかるように世界は動き、あなたが動いた分だけの波紋や引き寄せは必ずおこる。それに気付くためには人の想いは不可欠で、そんな出合いを繰り返しながら人は本当に求めていた人やことに出会えて、いつの間にか誰かから必要とされるような大人になっていくのではないだろうか。

今まで気付かなかった方々に謝罪すると同時に、出会ってくれた人たちに感謝の気持ちでいっぱいだ。

今度は僕が最も尊敬する大人、ドリアンさんが京都に来る

最近は関西に立ち寄ってくださるお仲間が多いので余計毎日があっという間に過ぎていく。

そして今度はついに、僕が最も憧れる大人であるドリアンさんが京都にお越しになる。

http://jodo-shinshu.info/2018/06/15/15203/

15歳の頃からラジオに齧り付いていた「ドリアン助川の正義のラジオ ジャンベルジャン」。中高生の人には言えない悩みを一身に受けたロックミュージシャンだったドリアンさん(当時30代)の人生相談を聴いてから、僕はこの人の背中を追い続けている。

少なくともあのとき僕が諦めなかった現実社会にはドリアンさんがいたと言うことがすごく大きい。ラジオが終わってから5年後くらいに初めてお会いしてからというもの、よっぽど教えていただくことも加速していった。

関西圏内にいらっしゃる方は是非、東本願寺に行きませんか?

さて、またもや新たなアクションを起こすため、今日もまた帆走させてもらうのである。

先日講義をさせてもらったある国際大学。彼ら彼女らの未来を拡げるべく背中を見せなあかん

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