これ書くのが嫌になってきた

船に乗る前、四年間勤めたホテルで束の間のひととき。

ホテルマンとして仕事をしていたとき、毎日毎日うちのホテルに遊びに来てディズニーに向かう人たちがなんかうらやましかった。好きな格好で好きな人と、おいしいもんをたらふく食べて、自由気ままに扉を出て行くその背中をいつも眺めていた。

けどふとそういう環境から離れ、自分が同じホテルに泊まりに行って気付く。

あのときの僕が背中を見ていた人たちも、今の自分みたいに必死に働く毎日から解放され、今日という日を楽しみにして来たから存在するんだってことに。

時々言われる。「よくブログなんか書けるよね」と。

確かに。少なくとも僕にそういうことを言う人に書いているわけではない。

だからといってこれは日記ではない。「ぶっ生き返し日誌」だ。

たまに時間を割いて自分の大事な心をここに刻むことすら自問自答することもある。

けどそれでも伝えたいことがあるから書いてきたのだ。

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「よく自分のことをブログなんかに書けるね」

どういう意味かは人によって違うと想うが、こういう言葉をくれる人の中には皮肉で言っている人もいるだろう。

確かに誰が見ているかもわからないし、お金もかかるし、これといったコメントも迷惑メール以外まず来ない。この間やってきて何がプラスになるのか今のところ即答できないでいる。

けど、なかなか会えない遠くの地でこれを楽しみに見てくれている人もいれば、僕の知らないところで読んでいる人もいるだろう。

言わばそのために書いているのだ。

仕事と違って締め切りもなければ文字数制限もなく、ここには書きたいものが好きなときに好きなだけ書ける。

これらが誰かに当たったり響いたりすればやり甲斐はある。けどそんな見返りは求めていない。やっぱり、この時代のこの世界に言いたいことがあるから書くのだ。

メディテレニアンハーバーの裏路地

「書いたからって何になるの?」

記録的な大雨に遭い、町中が水浸しになった西日本各地。そこにしれっと挟み込むように20年以上凶悪犯罪者と言われた麻原の死刑が執行された。これを知った時、僕はどしゃ降りのアラビアンコーストにいた。言いたいことはたくさんある。だから近くの人らに話題として出す。それでも言い足りないもやもやをここに落とす。

そんなものも共有したいから。

僕が闇の時代に犯されていたとき、必死でそんなモノを探した。

「こんだけ世の中狂ってるのに、誰かまともなことを考えている熱い人間なんてやっぱりいねーのかよ」。

世界は広い。いるに決まってんだろ。

それでも狭くて動けなかった自分には何も届かなかった。当時見つけたものがあるとすれば解散した伝説のロックバンドか命とプライドを賭けて戦う格闘技、叫ぶ詩人が受け答えする人生相談くらいなもんだった。けどそれらだって現実で僕に付き合ってくれるわけではない。

その後船に乗って世界を回り、仲間を創って僕はそれまで欲しかったすべてを手に入れた。つもりだ。

少なくともあのとき小さくしぼんだ命の灯火は、今や炎に変わったと言っていい。

そんな命の灯火に対して、世間の風にとばされないように両手を添えること。もしくは息を吹きかけて大きく燃やすこと。結局そんなことがしたくて心を込めて言葉を刻んできた。

「もうブログ辞めるわ」

だから声は止めないつもり。それはかたちを変えたって出来ること。

それでも時間は有限で、正直声を上げるにも言葉を紡ぐのは心を使うからなかなかしんどくもなってきている。なんだかんだでアメブロ時代(2015年に消去した)を合わせたらもう10年は書いている。なのに未だに文章は難しいし、やっぱり直接人に会ったりする方が断然好き。

昔は様々な出合いがあったが、こちらはなかなかそうも出来ない。夜回りを辞めたからだろう。今はそれどころではない。それでも書いてきた。僕の会ってきた世界や人の話が、どこかの知らない誰かに刺さるように。もしくはあまり話したことがない方にしっかり伝わるように。

これを見ている人に伝えたいこと

近所の洗い地蔵様の前には願いが込められた短冊がなびいていた雨上がり

いつだって僕が伝えたかったことはシンプルだ。

世界や人はもっと広く深い海のような存在で、「知らないこと」は命取りになる。

そんなモノを求めて、これからも僕は大事な人たちと探したいし、まだで会っていない人に繋げたい。昔の自分みたいに命の価値もわからなかったクソ馬鹿どもに。

だから学ぶ。人生楽しいことなんていっぱいあるし、共に生きたい人間も数え切れないほどいる。死ぬも生きるもそんなものたちと出会ってから。それからだっていいじゃない。だってもしかしたら僕らは何かに支配されて、とんだ誤解をしているだけのかも知れない。

それが世の中だから。だからこそ熱き心や魂はずっと無くならない。

素敵な場所ももの仕組みも、もしくは反吐が出るほど汚い利害関係も、すべて人間が創ってきたモノだから、なんとでも出来る。そして自分にあった場所や人に出会えてない人はもっと習慣を変えるべきだ。嫌だ嫌だ言うくらいなら今を呪わぬこと。

あなたは好きで太ってないかも知れない。どうしようもないくらい自分に自信がないのも、自分のことを知らないだけ。すべては自分が選んできたこと。少し学んだり考えたら今の自分がわかる。

最近出会った人が言っていた「人間誰しも今回の人生はと親もシナリオも選んで生まれてきている」という仮説。これが本当ならとんでもなくすごいこと。だからそれすら変えることだって出来る。昨日までは今の自分が勇気を出すための長い長い前置きだ。

もう、みんな出来るよね。言い訳無しで、生きること。

それでは、あなたの声と交われる日を心待ちにしています。

あの頃は「いつかこの海の向こうに」と目指してとメラメラしていた最上階

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コメント

  1. より:

    やめちゃうの?

  2. マサキ より:

    お疲れけんちゃん!
    これ以上の言葉は必要ないよね。