「精神と時の部屋」ばりの空間

京都ではいつもお互い様に人生も価値観も揺るがすスゲー出会いが溢れている。

今回も久々に寝る間も忘れるほど、京都に来てから出来た同年代の野郎どもと一日中一緒にいた。まさに船の感覚を陸で味わえるとは40手前でも面白いことは次々起こる。

面目はミュージシャン仲間のPV撮影だったけど、去年の夏にフェスを行った場所に出向き、仲間思いの若者らが50人近く集まった。20~40代のいい大人がだ笑

京恋barに集う最強ブラザーたち。重やん、琉ちゃん、南ぃ、竜っつん(時計回り)

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大人になってから出会う仲間

子どもの時みたいに夢中になって遊べる仲間。けど大人だからいつ帰るかも誰を呼ぶかも、何処に行くかも自由。そんな人たちと去年出会い、見知らぬ地で仲間になれた。

きっかけはそれぞれの人生。それらが織りなす糸は運命的なまでに苦悩し、戦い抜き、混ざり合っては出会うべき場所とタイミングで求めた末に意気投合する。

それぞれのトラウマを抱えて世界に出る者もいれば大好きな音楽を続けてる者もおり、それでも何か足りないと人が集う場に集まる。社会問題や福祉、支援、経済、貧困、旅、健康、差別、心、偏見、様々有るだろうが、僕らの共通点はこれからの時代をどう楽しく生き、次の世代へ渡せるのかという「今までの常識に中指を立てたもの」であるというところだろうか。

そう思うと、僕が彼らに会えたのもまた必然。

世界中の海を渡り、船内では世界を学び、寄港地では出会った仲間とその世界を全身で感じてきた。陸になるとバンド一つも出来ず、なかなか企画一つ立ち上げるのにも時間もお金も集客もかかる。それでもそれを当たり前のようにやってきた素人たちがいる。いや、もはやメジャー顔負けのプロなのかも知れない。そんなやつらと何歳になっても出会える僕は運がいいだけなんだろうか。確かにそれはかなり大きい要因ではあるだろうが、これってただの偶然なんだろうか。

仲間と飯を40人分の創った京都の山奥でPV撮影合宿

やりたいことに対する引き寄せ

最近出逢った仲間の何人かが同じことを言っている。これもまた不思議な共鳴。

「人は自分から放出された波動によって引き寄せ合う」。

それは勿論自分次第だからいいこともあれば悪いこともある。けどどちらにせよ言えるのが自分にとっていい人も良くない人も、「人生自分が求めた人しか出会えない」と言うことだ。逆に言えば「求めなければ出会えない」し、心底ワクワクすることなんてずっと出来ない。

だから瞑想でもノートにまとめたりでもなんでもイメージしてみる。すると不思議に思った通りに叶ってしまったりする。これが引き寄せの法則。

決まりは「やりたくないことはやらない」のみ。一件無責任で自由奔放に聞こえるが、これ時代が僕らの思いこみによるブロックで、それらを解放しただけで楽しいことは自然と自分に集まってくるのだ。けどこれはまだ俺も出来てない。実際なかなか組織に属していると難しいと感じてしまうポイントでもある。けどそれが変わらぬ毎日から抜け出すことの出来ない落とし穴だったりもする。それでも何処にいても本来出来るはずのことなのだ。

そもそもこういう周りとの接点を持つきっかけだが、呼ばれなかったり来なければ、そういう場所に行けばいい。ただそれだけで、間違いない人らと出会えて新しい価値観も広がるし、こちらの世界の話も興味を持って喜んで聴いてもらえる。

これを今までは知らず知らずのうちにやってきたのだが、わかってしまえば次から次へと意識的に「会いたかった人」に出逢えるようになっていることに気付く。

朝まで続くハジメマシテと今後の作戦会議

僕らのやりたいことは学びと破壊

今まで生きてきた環境も仕事もスタイルも違う僕らのやりたいことは至ってシンプルだ。

やりたいことをこの先もずっとやりつづけていくこと。そしてまだそれを手にしてない人にその力を存分に解放してもらうこと。

僕自身、今となっては仕事にも仲間や家族にも恵まれて生きてきた。それでも何度も死にかけてはいるが。。。未だに船を出し続けたいがためにどうやったらもっと面白いことが出来るか、無関心や諦めがちの人にどうやって響かせて、より考えられるようになる空間を創れるかを常に考えている。

将来の不安があるとすればこれまで通りの健康や、老いても今やっていることが出来るかどうかと言う話くらいだ。けどこれがまたやっかいだから困る。老後の蓄えどころか貯金も満足にない中で、健康面においても今まで通りですむはずがないから沢山学ぶ。すると自然と人が繋がっていく。そこまでの繋がりをもてたら大概その道のプロにまでまた更に繋げてもらえるという縁がwin winとして連鎖していく。

そうやって各自が忘れていたような特技ややりたいことまで思い出すことができ、いくつもの食い扶持などで生活をしている人もいる。youtubeやインスタでの配信や、授業・フェス・出版各種トークイベントなど、同じ目的を持った仲間がいればジャンル職業問わずいくらでも出来る。そんな可能性を秘めた出会いがどこでも得られることを痛感しているのだ。今まで夢だと想っていたことさえも。

リスペクトすべき仲間とのGREEN WORLD最響の夜。出逢ったときから想ってたけどこのメンバーでLIVEしてぇ。

この広い世界をどう味わうか

ここでの出会いのおかげで、あの場にいなくても繋がれた御縁があった。大阪で熱血型破り教師をしてきた方なのだが、こういう人は驚くほど共通の友人が多い。その先生もそれだけ動かれてきたんだろう。そして現体制と戦ってきたから共感する現代日本社会でまかり通ってきた常識がいかにおかしいかの共感。これはうちの船の話も含めてワクワクするプロジェクトがまた誕生する予感がした。

そんな熱い先生らに連れてきてもらったお店も、昔ながらの大衆処といった感じでまた良かった。これまで大阪でとん平焼きをつくりまくってきたおばちゃんは、僕らの士気に共鳴するかのようにそのままの熱で語った。

「私もそんな海外なんて行ったこと無いけどね、ここで引きこもって焼いてるだけで世界中から色んな人が来てくれるから。その人らと話してただけで世界は広がってると想うわぁ」と。

まさにその通りなのかも知れない。そもそも何カ国行ってるかなんてどうでもいい。ようはどんな人とどこまでの関係が築けるのかが大事。

先週出逢った新しい仲間も言っていたが、「凄い人なんていない。自分が凄いと思うかどうかなだけや」と。間違いない。だから前から有名だろうと無名だろうと、芯をしっかり持って生きてきた人の言っていることはすっと胸の奥まで入って弾けて混ざる。

そんな中で今日も過去乗船者の仲間と初めて語りに行くのである。言うてもまだ関西来てから来月でようやく一年というのが信じられない。どれだけ濃い一年だったか。出会いや環境や新しいことにより、短い時間で急激に成長する。うちらの船なんてまさにそうだが、人はこんな空間のことを「精神と時の部屋」と呼ぶ。

吹雪の中でのPV撮影で勇敢に戦った機材たち

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