偉大なる友へ~R.I.P~

どーもなかなか立ち直れない。情けない限りだがそれだけの人をこのセカイは亡くした。

ちょっと前に「また大阪行くから」と金曜日の夜に約束してた恩人に連絡を取ると知らない人から返信があった。彼は急に倒れたので今連絡が出来ませんと。背筋がぞっとしてそこからずっと落ち着かなかった。けどそれはまた僕の無知故なのかと思い、倒れた原因の心筋梗塞について思い返してみた。仕事柄ご年配の方とはよく話す方なので、たまに「以前心筋梗塞やったけど今は大丈夫」という話を聴いていただけあって、脳梗塞とかに比べたら大したこと無いと思っていたが、不安だったので近くの洗い地蔵に水をかけては手を合わせる日々が続いた。

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一番の特効薬の祈りを駆使

2019年春@ホグワーツ

近年、これからの医療として「波動治療」というものがあると聞いていた。なにやら全ては波動で出来ているから、副作用が体に残る化学薬品よりも波動を操れる人や祈りは薬よりも効くという話を思い出し、次の日も月一坐禅の会でもひたすら指を丸めて祈って祈った。

建仁寺の両足院での座禅会は3回目だったが、この日から年間会員になった。ここの副住職さんのお話が兎に角素敵で、すっかり彼が創る空間に魅了され、今では飲みに行く仲になれた。こういうところからも祈りの偉大さはリンクして教えてもらえる。この世界は僕らのイメージで出来ているなら、軌跡は諦めない人の上におりてくる。きっとまた「不摂生な生活で遂にやらかしちゃったよ」といつもの照れ笑いを心待ちにしていた。

それでもいっこうに目が覚めない恩人の状況を知らせてくれたのは、共通の友人であるドリアンさんだった。僕はたまたま飲みに行く日に連絡したので事情はすぐに入ってきたが、なぜそこまで話がいっているのかがまた不安をかき立てられた。

そのお人柄と世界に対して

2018年夏、ウメダ勉強会

はじめて貴方にお会いしたのは横浜港でしたね。とにかく船が帰航するのを少年のようにワクワクして待ってらっしゃったのを覚えています。まだ60にはならないまでも、いつでも少年のように寝ないで若者たちと船を駆け回ったお話を聞いたのもこのときでしたね。それから僕らが力を注ぐフリースクールの子たちとも変わらず接してくれて、僕ら以上に彼ら彼女らと仲良くなっていくのを見て、実は嫉妬もしていました。

僕が結婚すると言ったときも、かなりのご厚意で大物友人の方のサプライズに協力してくれたり、大阪に転勤すると言ってから何度もこちらに足を運んで下さいました。

もともと世界に名を馳せる大漫画家先生の元で、監督となられ、絵が一つも書けないのに、ジブリもディズニーや名声優さんたちとも仲良しになれる貴方の人柄は、多分昔から全く変わってなかったのでしょう。だからこそあのコメント欄への何百ものメッセージが、貴方の更なる偉大さを僕らに伝えてくれたんだと思います。

家族に反対されても己の道を突き進み、常に僕らの船を最優先に、まるで同じ目線の仲間のようにセカイを見据えていましたね。お金にならないどころか仕事だって減ってしまうかも知れない社会に対するメッセージ性の強い作品を生み出すのも、貴方の揺るがない信念だったのでしょう。

そんな凄い人なのに、全くそんなそぶりを見せずに、いつでも僕らと仲良くしてくれました。

2019年春、打ち合わせ@三本の箒

そんなにほめてばかりいると、いつもみたいに「よせやいっ!」って照れくさそうな満面の笑顔で遠くの空を見るんでしょうね。

もうこれを書いている今も信じられなくて、寂しくて、僕はまだまだ全然成長していませんね。

2018年冬早稲田大学にて。広いキャンパスではしゃぎまくってたわりに間違いない授業をして生徒さん方を釘付けにする。

人はいつどうなるかわからないなら

2015年国会前安保法制反対運動時にマイクを握り想いを存分にぶちまけた恩人。

駅で倒れてから一度も目を覚ますことの無かったらしい。そのとき既に心臓が止まってしまった後、病院で再び組成してからも危険な状態からは抜け出せなかった。もしかしたらご自身がそのまま命を落としたこともわからなくなるくらい彷徨っているのではないかと心配になりましたが、親しくされてた方から先ほど伺って驚きました。霊感強い能力者の方と通信され、僕らにメッセージを残してくれてたんですね。本当に貴方って人は。。。あれだけ「サ○ウのご飯とお土産で頂いた上等な缶詰」ばかり食べてちゃ駄目でしょって言ってたじゃないですか。

これからも企んでいたセカイを揺るがす作品の数々も本気で楽しみにしていたのに。

も~、こんな時、貴方ならなんて言葉をかけてくれるだろう。

2019年3月末ウメダ勉強会

大嫌いな新幹線を使い、久々の職場経由で愛すべき仲間と共に駆け付けたセレモニーホールでは、戦い冷めやらぬ貴方の体が横たわっていた。妹さんからの状況説明やエピソードに負けじと語ったあなたのお人柄。痛々しく残るガーゼと腫れ上がった後頭部を横目に撫でた冷たいおでこ。鼻水の音と線香の匂いと仲間がこしらえた愛情たっぷりの似顔絵。立ち去りがたい平日の午後。悔やみきれない現実。高い空の下で黒い服を着た汗だくの僕ら。一緒に置いてきた仲間たちの気持ち。そこにはもう悲しみと感謝しかなかった。

人はいつかは必ず滅ぶ。そのタイミングが違うだけ。それでも貴方は永遠の少年のように船をかけずり回っては喜怒哀楽を奔放にぶつけてくれた。それは仲間や同志にしかできないこと。

彼の人生は、これからの若者たちに響きまくる要素しかない。

兎に角、おこってしまったことはこれまでと同じく、受け止めます。

が、死ぬと言うことは忘れると言うこと。

僕は友人として、同志として、からならず貴方を死なせはしませんから、これからも共にいきましょう。

うちらの船の自慢の水先案内人、親愛なるウイちゃん

Rest In Peace…

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