今を選び、夏を味わう

京都御所の大木に連なる抜け殻の帯。大一番を前にした朝に足を止めた一瞬。

自分にとって今はどんな時期なのか。

いつの間にか僕らは周りに流されているようにも見えるが、全ては自分が選び巻き起こしていること。その中で感情が揺さぶられる良いことも悪いことも含めて全部。

だから忘れてはいけない大事なことは想像力と愛なんだと想う。

とはいうものの、いつでもその状態をキープするのは難しくもある。

特に、自分にとって大切すぎる関係も、嫌で仕方ない人も、自分にとってのソウルメイトなのだから。

仲間と初めての祇園祭

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ありとあらゆる日常が豊かになる創造

初めて仲間を連れて行った田舎、丹後の海

目を閉じて八百万のフォースを感じてみる。

両手の平はは天に向け、胸を張って背筋を伸ばし、鼻から大きくゆっくり深呼吸。

建仁寺で習っている坐禅の基本は「姿勢を正して座って緩める」「脱力して解く」「ゆっくり呼吸をして手放す」

そして今の願いをイメージして感情をそちら側に持って行く。

目の前にある高い波を砂浜から眺めて全景を眺める。そこによじ登っててっぺんに来たときにそこからの景色を眺める。下に降りていってその波を感じる。

するとあんな事で悩んでいた中も、以前より自分の中のブロックをとれずにいたあの人も、そしてなかなか結果が出せなかった自分も積年の目標を達成し、喜び合える顔が近くにある。そんなことに気付ける創造とそのとき感じるであろう感覚を先取りしてみる。

想像とはまさにクリエイティブな創造と繋がっていて、実に難しい。なかなかフォースを感じられないときもある。邪念が邪念を呼び、なかなか身も心も落ち着かせてくれない波動が水を差す。それでも座る。痛いところがあっても体の中を自由に飛び回れる意識は周り全体を巻き込んで今目の前の世界を広げ深めていく。するとようやく自分の中の小さき何かに気付く。

目を開けると、あれやってなかったなと気付く。後はそれをやるだけだ。

9月にフェスを創る仲間ための会がホルモン会みたいになった夏っぽいBBQの一コマ。

変化は自分の中での気付きでしか得られない

逞しくなった姿を見せに遠くから会いに来てくれた妹と@第一旭本店

先日仲間が「今は誰とも会いたくない」といい、仲間の待つ集合場所へ向かっていた。若さ故の青さなのか、傷ついたり、失ったりしないと気付かないタイミングなのか、矛盾への葛藤は輪をかけてそいつを変えようとはしてくれない。

人間誰しも今の状況から逃げ出して、理想の環境に身を置きたいと想ったりすることがあると想う。けど今、いきなりそこにワープできたとしたらそこでの自分は通用・適応できるだろうか。

今とは、そこに行くための準備段階であり、今まともに目の前のことが出来ない人はとうていどこに行っても出来ることはないだろう。今の自分をしっかり受け止める。そして向き合い行動を改める。

話はそれからだ。

今年も気持ちばかりの親孝行もどきでエプロンを巻いてルーツの海へ

出会いと再会の交差点

世界中を飛び回る妹がまた京都に遊びに来てくれた。

いつだって人の悩みは日々の人間関係から来るモノがほとんど。かといって悩みを無くす為に人を無くすなんて滑稽だから、毎日必死で向き合う。

そうやって誰かに接している姿勢は良くも悪くも誰かが見ていて信頼が生まれる。何処に行っても誰かが誰かのことを思って叶わぬ思いを打ち明けたり、愛を持って愚痴ったりしてる。あう回数が多ければ喧嘩にもなるが、どこかでその評判が渦を巻いて人が引き寄せられたり、離れたりもする。

だから面白い。

ここから逃げても互いに辛いだけで、またそのうち同じ悩みがやってくる。そのたびに人を切るのか、抱き締めるかでまたその人の人望が上下する。本当は合う合わないじゃないはずなのに、人は自分の中の嫌な部分さえ映し出して伝えてくれるから、それを素直にとって改めた方がいい気がする。

素敵な唄や涙は、今日もどこかでひっそりと響き渡る。

最近の行き付け。ハードロックカフェ京都

「そしてまた現実へ」じゃなく、ずっと現実のまんまだからこそ

奇跡の犬を創りだした満月。@五山の送り火

聖地天一本店にて出逢うべくして繋がった兄弟たちと。

仲間がふと言っていた「ディズニーランドって夢の世界だから、帰るときに現実に戻るみたいなのが嫌なんだよね」。

滅茶苦茶わかる。なんやそれ!や。

俺らは逃げない。だから安心してTDLへ行ってこい。偏見や先入観からは何にも生まれない。

なんとなくでは何も生まれなくて、誰だって自分の苦手なところや目標に向かってそいつなりに向き合ってるなら、僕はそれらをただじっくり応援していたい。時にはバカにしながら挑発したりされたり。バカやったり慰めたりしてたら、いつの間にかまた笑えてた。

笑えないことが笑い話になる事ってホンマに素敵。そして長いこと変われずにいた人の悪い癖の克服や変化に立ち会えることも勇気や光がもらえる。ここ関西でもそんな奴らに会えて良かった。

関西から集まったいつも喧嘩ばっかの仲間らと京都山奥の古民家で大宴

だから欲張りな俺たちはもっとこの輪を広げたい。

世界はもっと豊かで、人はもっと優しいことを実感したいし、知らない人がいたら共有したい。

仕事してても休みでも、旅行に行っても引きこもってたってそれはいつだって現実で、動けば動いた分だけ様々な感情が世界を多面的に魅せてくれる。これを体験したくて生きてきたという幸福や辛さを乗り越えて、今日もまた生きている実感を得る。

昨日見に行った映画で主人公が叫んでいた「この海でたった一人で生きている奴なんていねーんだ!」。全く持ってその通りだと想う。誰かを諦めたら自分も諦められ、誰かを抱き締めたら自分も抱き締められる人になれる。

夏と言えば大好物の飛び込み。こう見えて意外と高くて深い(笑)

何日か前に動画で見ていきたかった目的の岩からダイブ。現実はもっと楽しかった。

それでも言葉なんてあてにならないから、今日もどこかでぶつかろう。心が耐えられない夜でも、また互いに開いていけたら共に越えていけるだろう。

美山は山も川も仲間も綺麗に日々の楽しみを発散させてくれた

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