「当たり前」のことなんて無い

c2020年元日初日の出@嵐山

怒涛に過ぎ去っていった年末年始。今年も濃すぎて何も残せてなかったな・・・。

いやはや少し落ち着いたもつかの間、3年ぶりくらいに病院に行って二日連続で早退してしまった。急性の胃腸炎と言うことだったが、未だに体が気持ち悪い。

久々に天井を眺めていたあのしんどい日々を思い出す。そして、当たり前なんて人の数や心境だけ有るから、ありそうでなかったりもする。

こんな時、日頃通り過ぎていくだけになっいた「当たり前」のしあわせを痛感させられるのだ。ということは、これを「今しっかり感じて忘れんな」というサインなんだろう。

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食べられなくなって

大好きな兄貴分のリハを見つめる二人@味園ユニバース

好きなときに、好きなものを、好きな人と食べる。こんな簡単なことが出来なくなる体調不慮。時に僕らはこの価値さえ忘れてしまうことがあるから恐いもんだ。

それでもからだは教科書通りには動いてくれない。気持ちも動かされるからそれに抵抗するように坐ってみる。腹痛が終わったと想ったら吐き気、それがすんだら頭痛。散々出てきても困った食欲も遂になくなり、トイレからもなかなか出られない。そんなときに限って約束相手も体調不慮や原因不明の音信不通。これは休めと言うことなんやろう。

全てのことには原因と意味が裏付けられているから、とにかく気付いたものを味わってみる。

するとこんな時間だからこそ身に染みる普段における自由の価値、目の前までやってきていた食事も含めた、周りの人々への感謝がこみ上げてきた。

出展していたイベントにて、急遽舞書家チャドと共演。おれ紙持ってただけやけど

近くの人の存在感

剣×ちゃんへん×YOU念願のメンバーでグレフェスでの在日対談慣行!

まずはいつも何気なく会っている同僚、友人、キョウダイたちや同志たちの存在感である。

中には未だになかなか意思疎通が出来ない人もいるけど、それもまたタイミング。全ては実は完璧に巡り会っているからこういう時間や感情が目の前に表れるんだろう。それでも気付かない人はずっとそのまま苦しむか、その発見によって変化を起こせる行動に移れるかが試されている。それが日々目の前に現れる試練との関係であり、向き合い方でのある。

そんなときも便りになるのは周りの気の知れたメンバー。普段出来ていることが出来なくなる身も心も弱ったときだからこそ、つくづく恵まれた環境で戦わせてもらっている事に気付く。そもそも周りが優しいから難なく帰らされる。そして色んな事に気付く。早く一緒に食べたいもんを好きなだけ食いに行きたいと。笑

想えば体と心と食べ物や身につけるもの(もっと言えば普段付き合う人間関係全ても)は全て繋がっていると気付いて実践してから様々な気付きがあり、逆に体調を崩さなくなったからこそ忘れていたたいせつなこと。おかげでここ関西でも沢山の仲間が必然的に引き寄せあって出来たことは言うまでもない。

バラバラのところで出逢ったキョーダイたち

想像を絶する当たり前のやさしさ

もし「当たり前のこと」があるとしたら、それは大好きな人たちへの愛なのかも知れない。

これらはそれぞれの人生の深みが重なり合って実現する必然的な心の泉みたいなもので、そこには無条件の愛が存在する。損得勘定や苦労や迷惑なんてない。もう引き合ってしまえばわかるのだ。それでもそれぞれ全く違う育ちと感覚で生きてきた者たちの集合体が「場」であるから時に争いの種なども出てきたりする。それでも正解・不正解ではない人としての筋を確認しあう事も重要だ。それに応じて人は本音で向き合い、照れくさいくらいの絆がまた強くなる。

だからこそ長くあってなかったとしてもそのブランクは感じさせないほどに受け入れることが出来る。最近はコミュニケーションをとれない人が増えてきているが、逆にとれるようになるとこれだけの力が手に入る。いい意味での他力本願。これはそもそも悪い言葉ではない。言葉に出来ないほどの感謝は、こういう日常の中に沢山潜んでいるものだが、うずくまるその視点からだから気付くこと。想えばずっとそんなときにいつも周りの誰かに救われてきた。だから今日も想像以上の毎日が更新されていく。やりたかったことをそういえばやり終えて次のやりたい事へと勝手に繋がっていく感覚。これも当たり前ではないから全てが尊く感じる。

これらは歳をとればとるほど、その価値の高さを再確認させてもらっていくのだろう。

士心ランチの帰り、妹たちとキョンシーごっこ。

ついに明けた変化の2020年

そして遂に明けましたね革新の年2020年。

ここ数年外部で出逢う色んな人が「何かやりはじめるなら2020年までにした方がいいよ」と怪しく語ってるのを見てきたが、その声に反応して自他共に詐欺にあったり色々した。うけるよな。今では罵られたり捕まった人らが言っていたのは、なんでも東京オリンピック以降の日本は経済が右肩下がりになってしまうのでという不安や恐怖を植え付けられての手法だった。

経済の流れを知ることは大事だけど、世の中に「絶対」はない。当たり前は環境や人によって変化していく。そもそも世の流れに迎合して我先にと逃げまどっていても、大事な人は今日も周りで沢山生きている。何を選んでも自己責任論もわからなくはないが、そもそも自分が信頼していた大事な人まで騙される時代。それでも誰かや何かを選んで今がある今日は変わらない。

どうせなら不安や恐怖で逃げながら助け合うより、ワクワク楽めるやつらをとりたい。

不安は目に見えない妄想に過ぎない。ならば日々目の前のことをしっかり考えて選び、大事な人らも経験も積み重ねていけばなんでもこいだろ?

そんな幕開け、今年もカラダとココロに気をつけてよろしく。

奇跡のジ・エンダーデビュー。2020年1月10日@神戸国際会館

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