セカイはそもそもそういうもの

「この世は既に支配されている」。

これは色んなところで耳するようになった言葉だが、もはや都市伝説も裏社会も、何でも蟻のような気がしてきた昨今の尋常じゃない強引なバラダイムシフト。人工的に創られた疫災は都市から移動させられ、田舎の実家に帰ったらそのまま高齢の親御さんを巻き込んで皮肉にも感染を拡大させている。致死率0.2%だったはずの新型ウイルスはいつのまにか18%?にまで強まり、留まることを知らないかと恐怖で人をネガティブにさせるが、そもそもどれが本当のことかが全くわからない状態。んまでもようするに日頃の体調管理で免疫高めていたらビビることはない。そもそもそんな風邪の延長のウイルスよりも気にしなきゃ行けないことは癌とか添加物とか教育や医療、原発、軍事だってもっとあんだろってかんじ。

マジョリティの素人は途方に暮れて更に活力は削がれ、一方でビジネスチャンスと株や投資をしまくる格差。もはや頼りになるのは人の繋がりだけなのかも知れない。

大事な人は大事な人を大事な人に繋げる。

ここで引き寄せられた出会いは大概大事なもののはずだが、次に繋げなければまたすぐ消えてしまう。

それを捨てるも抱き締めるも、貴方がこれからどうしたいか次第なのだろう。

同士ともちゃんが営む京都幕末居酒屋「士心」にて、7時間語りっぱなしで囲炉裏を囲む。

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こんな時こそゆいまーる

自分の所もそうだが、近くの仲間からの悲鳴が響き渡る昨今。

ロックダウンだクラスターだ、ウイルスによって思考停止してしまった人々は途方に暮れて無意識のうちに感染を拡大させるが、それでも諦めずに素直にSOSのカミングアウトをしたり、その呼びかけに答えて動く人々がいる。こういうところには愛や魂がこもって人が志が高い人々が集まってくる。

そのひとつが京都の幕末居酒屋であるサムライレストラン「士心」だろう。先日も仲間たちと開店から終電まで7時間以上ずっと囲炉裏を囲んで今のセカイを語らっていた。

どこも大変。誰もが不安。だからこそ間違いない人らと今を楽しくできるように真剣に向き合う。1人ではお手上げのことも絶望する夜も、リスペクトできる人らとなら希望が見えてくる。まさにそんなメンツと夜を、幕末の志士の肖像画が取り囲む昔ながらの京長屋の士心で過ごした。予定していたイベントも流れ、約束も先方の体調不慮で消えていき、ストレス止まってもカラオケも立ち入り禁止。確かに311のときよりも世界中全体が恐怖と不安に陥れられている。

影の世界政府の目的があるとしたらそれは到底理解できないけど、沖縄の言葉で「助け合い」を意味する「ゆいまーる」という言葉がある。

まさに今はそんなときなのではないか。むしろそれに気付けるチャンスなのかもしれない。

開かずの二条城で桜と月と妹分

今後のセカイ

どんな映画でもあるように、起承転結の抑揚がなければ退屈するのは現実でも一緒なのだろう。

早かれ遅かれダレデモできる仕事(現在の60%以上の職種)がなくなると言われたAI化が進む中、かなり強行的に思考を改めなければいけないときが来たようだ。

そもそもこんな事になる前から改めなきゃ行けないことはヤマほどあった。それをそのままにしてきたツケが回ってきたのであろう。これはコロナウイルスの問題ではなく、持続可能な生き方の問題な気がする。愛を見失って更に自分ばかりになっては生きていけない。これまではそれが出来たけど、もうそろそろ限界なんだろう。

だから少しでも詳しい人と仲良くなったり、学びにいったりすることが必要で、時代は常に動いている認識をしっかりすれば怖がることではないのかもしれない。

「5G戦略」「ネット関係企業独占」「100年ぶりの世界恐慌」「水や物資を巡る戦争」色んな事が言われているが全てがおきてもおかしくない現状、あなたならどうするだろう?

これは単純な話、人は知らないことに恐怖を覚える。だったら知ればいい。いかに金儲けだけに走る人間がいたとしても、もう既に愛有る人が対策を打っていることだって有るだろう。

これは受け取り方や自分の在り方で、ネガティブもポジティブも、不安も楽しみも変わってくる。

そもそもセカイとは当たり前にあるものではなく、常に流動的で、断定できないものだ。紛争も差別も暴動も、疫病だって、常に繰り返され、事故や病気もなくならない今、ただ言われたとおりあてもなく指をくわえ、見えない恐怖に怯えるほかないのか。

あれからまだ一ヶ月もたってないとは。。。恐るべき濃厚な3月の日々。

当然のように後悔しないよう今日を生きること

だから僕は人に会いに行く。

わからないことをわからないままにしたくないし、面白くないことを、面白いと想えないまま流したくないから。

だから僕の周りはいつの間にか面白い人でいっぱいになっていた。ほぼこっちでの知り合いなんて、職場を抜かしたら10人もいなかったところでだ。なんならその10人とも半分以上まだあってない笑

そんな人たちにいつも学ばせてもらっている。社会の希望も、人の愛も、セカイも広さや深さだってそう。だから自然と足が向く、会いたい人たち。

いつ死んでもおかしくないのは実はいつでも変わってないから、当たり前のように「ダイエットは明日から」と、やろうとしてない人はどんどん失っていくものも多くなるだろう。

恐怖で煽って人を無理矢理動かすやり方は嫌い。根本は今までと変わらないけど、その変化や進化の速度が上がるのであれば、これからのセカイの変貌を受け入れよう。これまで必死で生きて出逢ってくれたみんなのお陰で、間違いなくおもしろくなっていくイメージしかできないから。

最高の仲間と、面白きことなきこの世を面白く!@士心

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