いつまでたっても埋められない嬉しいもの

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先輩からの問い

先日、久々に初めて社会に出たばかりだった会社でお世話になっていた師匠にお会いして、このブログを見たと報告を受けドギマギした。いきなり「お前病んでるのか?」と(笑)。

不思議なもので、あのときあれだけしごかれ、社会人としてのイロハを叩き込んでくれた恐怖の師匠が、優しくてたまらない仏に感じた。会社を辞めてからと言うのも、結局再会しているのは師匠だけだ。師匠と僕は丁度10歳離れていて、昔かたぎの職人気質でもある彼から学んだことは計り知れない。覇王色の覇気を纏い、いつも自分にも周りにも厳しく、それでも周りに慕われる人間くさい方だ。休日もよく二人で筋トレに行ったり、ご飯をご馳走になったり、プロレスを見に行ったりしていた。

今でも新人が入ってきたら教える「社会人としての基本」は師匠譲りのものが大半だ。

「初心忘れるべからず」「お客さんの立場になって考えろ」「先輩に相談する時は筋道を通せ」「若い時の苦労や楽しみは買ってでもしろ」

人一倍厳しくも、僕をしっかりと一人前のホテルマンにしてくれた師匠は、ご自身の結婚式の担当を二十代前半の小僧である自分に託してくれた。あの日のことは今でも忘れない。披露宴の最後に僕の名前を呼び、初めて師匠からお礼を言われた時、あれだけ大勢の前で大泣きしたことは後にも先にもないだろう。

今でも何かあれば数年に一度お会いして話を聞いてもらい、ご馳走にもなっている。縁とは本当に感慨深いものだ。

こっちが海で成長すればするほど、何とかその差を縮めたいと想って再会を楽しみにするが、あってみれば向こうも当然陸でレベルアップを繰り返しているからまるで手が届かない存在。僕の周りにはこういう方が何人かいるが、そのたびに悔しさとうれしさが埋められないほどにいっぱいになる。俺はもっと出来ると。そんな存在の人がいると想うと毎日背筋が伸びる思いだ。

そんな師匠が冷やかし半分に「俺をカウンセリングしてくれ」と言われてこう話された。

自分はfacebookやtwitter、インスタなんとかやブログだのがわからんと。何で自分のことを全対象に話してるんだと。「俺はおかしいのか?」と問われた。いかにも師匠らしいご意見だったし、激しく共感できる。後は内容次第だと想う。

 対象を絞り、その人達に届かせるという覚悟

僕がここに書く理由はいくつかあるが、まずこういうブログにでも出会わなければ知ることが出来なかったという場所造りだ。何を検索してお越し頂けたのか。もしくはどうやってここに辿り着くかはわからないが、少なからずともこれを見て、今日までとは違う世界をイメージしてもらえるならこの上ない喜びだ。残念ながらこの世は出会いで溢れているだけに、そのチャンスを逃している人があまりにも多すぎる。それだけのSNSを書いている人はなかなかいる。恐いほど選択肢も狭ければ判断能力も低いというのが現状だろう。じゃなければこの国はもっと笑顔で溢れるはずなのに。そのどこかしらで、日常にはない何かを求めている人に出会いたいからメッセージを送り続ける。

歴史上最先端、この同じ時代に生まれた者同士、共通点があってもなくてもこの出合いの積み重ねによって人生が彩られていく。僕自身がワクワク胸躍らせてもらったような大人達から少しでもそんなセカイを共有したいと願うのだ。

かといって伝え方は千差万別。押しつけや独りよがりならば確かに「なにこれ」とも想われれば、いつの時代も万人受けするものなど求めるなんて滑稽なこと。

ようはどうすれば自分はもっと楽しく生きられるようになるのか。

それは願うだけでは何も変わらず、何かを選んで動かなければいつでもその退屈だという今を選んでいることになるんだから。

あのとき共に時間を過ごしたあの人は今どこで

そんなこんなで10年がたち、以前共に同じ釜の従食を食べた方々は相変わらずの人もいれば、消息不明の人もいるという。それは船でも同じ事。

あのときあの場所であんな事を共有していたあの人は今どこで何をしてるんだろう。何が起きてもおかしくない人生。前は元気に目立っていた人が引きこもることもあれば、あまり存在感の無かった人が見違えるほど大活躍してることもある。まさにあのときの覇気もなく全然さえなかったおれだ。

実際どうであれ、この空の下でしっかりと生きていてくれればいいと切に願う。

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