言葉にならない日々に感謝

世間は大変なニュースが流れていても、今日も太陽は昇り、緑はいつも通り揺れていて、水は逆らうことなく流れていく。

海の次は森、その次は川、そしてパソコンの前につく。

先日はうちの船のクラウドファンディングにご協力いただいた方々、心から感謝します。

一時は目の前が真っ暗になりかけたけど、いつの間にかみんなが支えてくれて、毎日が感謝でいっぱいな3週間だった。

※ちなみにここ数か月分の写真を上げるが、これまで紹介するタイミングがずれているのであしからず。

奈良(ほぼ三重)にある仲間の仲間のログハウスへ

マンパワーの力

龍穴神社

今回僕の中ではっきりと見えたもの。あの船があったから今があって、これまでかかわってきた人もまた同じく改めて感謝させてもらった。

元スタッフである同志が言っていた。「今やってるスタッフ、船はお前らだけのものじゃねーからな」。わかっていたようでわかってなかったことが胸に突き刺さる。

いつあけるかわからないコロナに対する不安、鎖国化したような世界中の玄関状況。この八月までの船が止まっても、僕らは止まらない。それでも第二波をあおる人々がいる。オーストラリアや歴史を見ても明らかかもしれない。けど人はまた少しづつだけど進歩してきているのではないか。

いずれにせよ、学ばない政府と、いい情報を待ち望む一般市民の中での信頼関係はどこも取れていないのかもしれない。

だからこそ、そんな不確かのものを指くわえて待ってるよりも、こんな中でも今後世界を回りたいという人々と俺らのために、今日も船を出す仕事は止まらない。いや、止めたくない。

「船は公共にあるものとしてのライフラインみたいなもの」仲間が言っていた。

そう。今年の頭までは動いていたもの。今もなお広島沖とギリシア沖に停泊している二隻の船。今か今かといつでも動き出せるように、仲間とともに解放の鐘を待っている。

そんな中で力を分けてくれた過去乗船者の仲間たちや、未乗船だけどと心をくれたそれぞれのお仲間たちがいる。こんな時世だけど、もう止める理由はない。

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世界を回ること

世界一周した気分なほど大きい博物館

少しでも世界と今を感じたくて、大事な人たちといろんなところに行ってみる。

万博公園の博物館はエジプトの考古学博物館やロシアのエルミタージュ美術館に負けないほど膨大な文化が眠っていてまるで世界一周した気分になった。60年に行われた大阪万博にいきたかったぁという気持ちも高鳴るけど、やっぱり現地へ行くことをお勧めしたい。政府や団体のフィルターがかかった伝達は時にアインシュタインも呆れるほどの先入観の積み重ねになる。

それでも知らない土地や人のイメージは初めてそこで膨らんでいく。

そして近場にだっていくらでも素敵な場所や人はいる。

肝心なのは今あるものに気付くこと。いつだって大事なことはシンプルなはずなのだ。

京都、長岡京のあじさい

日々の感謝と変化

世界遺産上賀茂神社の短冊

今の自分や、大事なだれか、もしくはこの世界中全体に対して一時、ありったけの願いを込める。一説によると祈ることは、様々な奇跡を起こす方法としてかなり有効的な得策だとか。

それほどに切な想いは現状をこじ開ける変えるほどの強さがある。

現に今回もこれまで船に共に乗っていた仲間たちに救われた。それどころか関西で出会った最近の方々までご協力いただき、無事クラウドファンディングも目標を達成できたのだ。最近知り合った人から十数年前に乗ってた仲間まで、それらはすべてつながっていた。

祈りもそうだと思う。諦めなければ叶う。それがいつまでかなんてわからないけど、そうやって僕自身も、歴史もここまで何かを学びながら魂を磨いて紡いできているのである。

あのときもまた、今年最高中止になってしまったお祈りどころで行き場のなくなった願いの数々が短冊に刻まれ揺れていた。

新宿思い出横丁の朝。

今年開けなかった両親が営む海の家。

初めて試みた親孝行。初めてする話。ご先祖様への墓参り。大好きな田舎で感じる時の流れの違いを味わう。

いつの間にかなくなってしまったものや今もまだ残るもの、そして再び戻ってきた大事なもの。

僕らは意識的・無意識関係なく、いつだってそれらを抱きしめて、今日も生きさせてもらっているすべての魂に感謝。

田舎の海は閉鎖。けどまたいでプライベートビーチに

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