太陽と海が好きなわけ

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朝の時間と夜の時間の価値

眩しい光、突き刺さる冷気、無意識で足早に昇る階段、好き嫌いの入り交じる香水、すれ違う虚ろな目、気がつけば頭が徐々に起きてくる押し詰めの異様な揺れる空間。

夜と違って、朝の時間は時計の針がやけに早い。それでも人は朝から動く。今日に置いてかれないように、必死で布団をはねのけ、今日を始める。

その異様な光景が嫌だからと、中には朝を始められない人もいる。それどころか朝眠りにつく人もいて、夕方から動き出す生き方もある。そのほとんどが善くも悪くも自然と闇に引きずり込まれていく。

暗闇の引力と太陽の力

「人間、夜は寝るように創られている」

いつぞや夜回り先生の講演会を聞きに行った時、こんなことを耳にした。一見当たり前のことのようだが、次に彼が付け加えたのは「インターネット、メール、携帯電話。これらがなかったら若者の悩みのほとんどはなくなる」とも言っていた。これもその通りだと思う。(新たな悩みは出るだろうが・・・)

そもそも心理的にも夜中はネガティブになりがちなので思考回路はより麻痺していく。すると考えれば考えた分だけ、何かをやったり人と話したりしても闇のスパイラルにはまりなかなか寝られなくなる。

ネット依存、アルコール依存、薬物依存、自傷依存、人間依存。

闇の引力によって破滅させられるメンタル面における被害は、上記に発展する。

こうなってきたらまた治すのにも時間がかかるしお金も気力も使う。

このように昼夜逆転は人をダメにする。 僕らはいつだって太陽から力をもらい、夜中の闇に気持ちを削ぎ落とされる。

やりたいことがあるのであれば、休みの日でも朝早く起きて朝陽を浴びたい。植物だって光合成が出来ないように、深海魚でない限り僕ら生き物には必要不可欠のものが太陽の光。

それで1日が大きく変わるなら安いものだ。

昔は選んで夜の世界に身を投じていたけど、今では胸に入れ墨を刻むほど、タイヨウが好きになれた。

太陽と海

「グラララ!何を言い出すかと思えばそんなちいせー事いいやがって。誰から生まれようと人間みんな海の子だ」大海賊:エドワード・ニューゲート

誰も分け隔て無く縛られない、この言葉がとても好き。

先日、ドリアン助川さんの文庫本「海の子」を読んだ。心がどっとあったかくなった。

忘れかけてた苦い思い出も、ただの食わず嫌いだったと気付かされ、近くにいすぎて触れられなかったものにも、少しの勇気で思いっきり価値観変わるほどの関係性になる。

いつか出逢ったあの人は、今頃何をしているんだろう。幼い頃夢見た未来の自分は、いつか思い描いた今を生きていると言えるんだろうか。実に様々な問題を抱える登場人物の人生を垣間見て、そんなことを感じさせてもらった。やはり海にはドラマが溢れている。

太陽や海を見れば手を合わせて目を閉じる。昔の人はよくしていたというならわしを聞いてからそうしている。よく仲間にも突っ込まれるが、ご飯を食べる前は「タイヨウトウミノカミサマ、イタダキマス」。この意味を僕らはいつも、どれだけ感じて、そしてその意味を解釈して生きているのか。それだけは忘れたくない。

太陽のようにアカリを灯し、海のように深く広い。

今日もこの命を使わせていただきます。

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