人が集まる場所に降るキセキ

「超楽しかったです!しっかり提案もって来れなくてすみませんでした。けどまたみんなでまとめてご連絡しますね」

清々しい挨拶と共に、インカレNGOとして活動しているよく聞く名前の大学2年生たちは馬場の駅方向に歩いていった、天気のよい午後。年齢こそ半分くらいの彼ら達は、僕よりも数段頭がいいのにもかかわらず、途上国に対してもっと自分たちにできることはないかと勉強会を企画していて、3月の集まりでの講演依頼があった。

偏差値云々ではなく、なにより僕は若者が真剣な顔をして話をするのを見ているのがすきだ。知れば知るほど絶望的な時代の中で、そこには可能性しかないから、そう強く思うのかもしれない。

スポンサーサイト

真剣な眼差しをする若者の魅力

それに通じる感覚を最近感じたのでシェアしたい。

「奇跡の教室〜受け継ぐ者達へ〜」というフランスの映画を見た。単館ロードショーをやっていた時から気になっていた映画が、いつの間にかTSUTAYAでレンタル開始になっていたので「TOO YOUNG TOO DIE」と共に借りてみた。

ありきたりな話かも知れないけど実際あった話を元に造られたこの映画のテーマは、更正と継承。

授業もまともに受けられない問題児だらけのクラスで、教育熱心な歴史の先生がアウシュビッツをテーマにしたコンクールに出場させていく過程で、過去起きた史実に興味を持ち、今周りにいる人との絆を深めていく実話だ。

彼らの場合はフランスといた民族国家のなかでも、より貧困地域の話だったから民族、宗教含めて、よりこんな奇跡が起きたんだろうとも感じた。

生徒さん方が持つそれぞれの心境の変化と勇気に胸を熱くさせられた。

過去から学び、今に活かす

何度も言うが、この世界で起きているほとんどのことは関係ないことなどない。それでもこの世はいつのまにか無関心と自分本意に世界を狭苦しくさせてしまう傾向がある。

いつの日か当事者性を持ってしてその問題と向き合うきっかけがあったのなら、人の価値観は、ようやくいくらでも変わっていく。

自分事としてとらえた世界はとても広くて新鮮、そして過酷なものでもあるが、少なくとも人としての豊かさを手に入れられるその快感たらない。

僕自身、世界に船出する前の時期から興味を持った歴史の闇に葬られたいくつかの出来事を知った時、ものすごい憤りを感じたし、その場にいた人たちとは「は?なんでそんなんがまかりとおるの?」と、夢中になって討論した。

「キューバ革命」「イスラエル・パレスチナ紛争」「ナチスのホロコースト」「第二次世界大戦」から、日本の「幕末維新」「60年安保における学生運動」などが見えてくる。

すると自分の訪れた国の中で起こったことやこれから目指すことに注目し、そこを知るともっと見たくなるのは今の日本の現状だ。

そこではじめて、だからこの国はこうなんだと、良くも悪くも納得する。

そんなことを話せる仲間がいるのは刺激と感謝以外の何者でもないが、だからこそ、そういう場があることの大事さは心がけないとなかなか出くわすことすらできない。

しゃべり場の力

いつも船に乗る時、僕は大概「しゃべり場」を企画する。得意というより、さっきのような若者たちの顔が見れる貴重な空間として求めているんだろう。そんな感覚をどうせなら何人かで共鳴してみたい。

普段話したことのない人、また、知っていてもまず話すことのないことをテーマに決めてその輪にぶつける。

話すテーマに興味を持った人たちが集まり、得意不得意、知識の差などを越えて、1人じゃ考えてもみたことのない内容について真剣に考える。その時のみんなの顔と緊張感といったら言葉に表せない程、生きている実感を共有できる。

だってせっかくその場にいるんだもの、深く知り合えるに越したことはないし、全く考えの違う人の意見や、想像もしなかった気持ちはそれこそそのまま人生勉強にもなる。何よりも自分の素直な気持ちを複数人にシェアできることが大事なポイントである。

人はそうやって人を知り、知ってもらえ、また新たな価値観を得て、大きくなっていく。

もちろん苦手なこともできないことも、うまく越えられない葛藤やジレンマもある。けど、だからこそいろんな人の人生をぶつけないと見えてこないものもある。

そんな人たちの表情に出会えるのが、毎日楽しみでならないのだ。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする