「俺たちがXだ」とうアイデンティティと、そうじゃなくてもの名作!

数々の懐かしい映像がおりめくエンドロールを眺めて、久々に頬を滑り落ちていったものに温度に気付いて我に返る。だが席は立っても暫く頭の中はひたすら彼らのメロディーだけが鳴り響いていた。

「元祖」ヴィジュアル系ROCKバンドX JAPAN。昨日から公開されているハリウッドの実力派ドキュメンタリー監督が創った映画「We are X」を見てきた。これが日本の制作じゃない海外からの視点ということがまたミソで、監督自身もパンフレットでも残しているが、枠にとらわれない人間の人生としての作品になっていると思う。

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もはやこれはファンだけの映画ではなく、「不可能なんてない」と言い切った人間の名作だ

90年代、音楽に限らず、ドラマや映画、漫画などのカルチャーは、今じゃできないような格段の自由さを誇る作品が数々と創られていた。それは恐らくメディアも同様で、ベルリンの壁とバブルが崩壊し、イジメや自殺、買春やクスリ、無差別テロやレイプなどの社会問題が浮き彫りになっていた時代だ。自分自身も含め、それらに苦しめられる若者たちが求めた数少ない拠り所の一つにXは数えられていた。

97年、ヴォーカルTOSHIが宗教団体に洗脳されて解散し、翌年98年5月にはソロ活動でバリバリ躍進中だった僕の中の永遠のROCK STARであるhideが急死。直後、後追い自殺が出るほどの一大事件になり、YOSHIKIは自暴自棄になったファンを止めるために緊急記者会見を開く。築地本願寺で行われた葬儀は美空ひばりを越えたと言われるほど、ドームを遙かに上回るだけの若者たちが集まり、現場で発狂する若者の中で手首を切ったり、倒れたりで救急車に運ばれる人続出の社会現象にまでなった。当時学校帰りに自宅でその様子を物語る生放送を見て、完全に思考停止した17歳の僕がいた。

なぜいちバンドでしかなかったXの言動はそこまで人の生死までをも動かせたのか。

この映画を見るにあたり、もし僕がこのバンドを知らなかったとしても、充分に刺激を感じ、学びを得られるような、そんな世界中で愛される作品になっていたことが何よりも嬉しかった。僕なんか以上にうるさい「X命」という熱狂的ファンも多くいる中で、監督はそのプレッシャーをはね除け、Xの名に恥じない堂々たる名作にしてくれたものだ。

また、超ファンであるはずの僕ですら知らなかった断片がかなり詰め込まれていた。

Xは神ではなく、ただの無謀な人間だったという当然のような気付き

89年にメジャーデビューし、今までに3枚のアルバムと10枚のベスト(笑)、20枚のDVDをリリース。なんと言ってもヴィジュアル系を創ったバンドとして世界的に知られている。

TOSHIの暴走族の集会を彷彿させる愛たっぷりな気合い根性論のMC、胸の奥まで響き渡る声。

HIDEが奏でる激しい中にあるメロディアスで天才的なギター。そして何よりその人間力でメンバーはもとより、数多くの人々に影響を与え続けている。彼がしでかす数々のワクワク感に越える表現を僕は未だに知らない。

そんなHIDEの相棒PATAのギターも存在も、渋すぎて神がかるほどの絶妙なバランス。

そしてそんなHIDEらすらかすむほどワイルドでROCKなBASS、今は亡き暴走王TAIJI。いくら練習しても未だに彼のベースラインは真似できない。結局よくベースをたたきつけるHEATHのことはよく知らないが、hide兄の太鼓判での加入でTAIJIの後釜と言うこともあり、空相当な想いを持って弾いているんだろう。

HIDE様の後任は弟分のLUNASEAからSUGIZOさん。ひょんな事から何度か直にお会いしたこと有るが、彼以外ではHIDE様のポジションなんて出来ないだろうと想うほどのメッセージとイデオロギーを磨いているロックスターだ。そんなSUGI様でも何度も兄貴の後任を断ったという。

そして孤高のカリスマYOSHIKI。すぐ切れ、すぐ壊す、ただの暴れん坊将軍だと想っていたが、今回の映画で誰よりも人間味溢れるアーティストだと初めて知る。さすがXの名曲の数々を生み出して来ただけ有る人間だ。

彼らの織りなす世界観は、傷や痛みをテーマにあらゆる壮絶な人生や感情が詰め込まれた楽曲から、傷つきまくったゴスロリバンギャなどの若者、刺激が足りない青年、周りからなんと言われようが筋は通すゾッキーなどから高い支持を得ていた。

過激なパフォーマンスとミステリアスなカリスマとして君臨したXは、ハードなクラシカルメタルと、旋律こだます名曲しかないバラードから成り立つゼロ百の表裏をかね揃えている。

よくよく考えてみたらバカみたいに当たり前の話だが、僕らが知っているのはブラウン管の中の彼らであって、知って驚く舞台裏が有ればプライベートなど、人に言えないこともあって当然なのだ。だが、わかってはいてもそんな「逆差別」すらはね除けるほどの存在である彼ら(勿論ファン含め)だからこそ、「こんな人らが世界にはいたのか!」と、此処までの想いが募るのではないだろうか。

不動のカリスマHIDEから始まった出会いと光

僕がクソガキの頃に知った永遠の最も尊敬する人間、かつ、命の恩人HIDE様。

何度も見たり聞いたりしてるのに、未だに色あせないギターフレーズこそが、彼の人徳だろう。そんなHIDEの表現力と人間力にいつまでも魅了されっぱなしなのである。

無謀という名の奇跡は人々によってなしえた伝説

YOSHIKIをはじめとするXは、昔から「WE ARE? X!」「お前達がXだ!!」というかけ声に繰り返してきた。ただのファン思いなだけではない。本当に互いがひとつに支え合ってきたんだと想う。

正直今までhideファンだった自分はYOSHIKIパーソナルの事はあまり知らなかった。

それこそXに未だにこだわり続けている教祖的「神」の位置にいたからだ。事実映画の中でも登場するが、彼らが少年の頃に憧れたアメリカのロックスターKISSのジーン・シモンズからも「俺もX信者だ」と言わしめているほどだ。それはあえて例えて言うならhideが「おれはKENの信者だから」と言っているくらい凄いことなのだ。

前人未踏、前代未聞のパイオニアが破った常識の壁はでかい。だからこそ彼らの音楽やアクションは、傷つきまくっていた若者に世代を超えて未だに響き続けている。

父親の自殺、誰もやったことのないジャンルを確立、幼なじみの洗脳からのバンド解散、親友の死、かつての仲間の自殺、そして動かない体と向き合い続ける天才としてのプレッシャー。

これだけのものを背負ってきたからこそ、出来た名曲や伝説の数々。

これまた当たり前のこと過ぎて忘れるが、YOSHIKIも人間一人心臓一つの人間だ。

今回の映画で初めて彼のことを知り、人として感じられたのも、僕らが何かにすがりつきたくて勝手に作り出した「押しつけの幻想」という名の呪縛の一つなんだろう。「人助け」してるつもりもないのにそう思われる側の精神状況はそれは並大抵のモノじゃない。

なのにもかかわらず「YOSHIKIはむちゃくちゃだからね」との一言で済ませ、僕自身もそう思い続けていたことが申し訳なくなってくる。だがそれを作り出したのもまた唯一無二である彼らの存在感なのである。

それくらい無謀だった。けど僕らが知る前から、彼らはそんな喧嘩を社会全体に大してやってきた猛者達なのだ。丁度これを書いている今頃、XはロンドンでのLIVEを行っている。

何よりよかったのが、一緒に見に行った仲間と共有が出来たこと

15の夜、刺激が欲しくてレコード屋で見かけた「刺激」という名の過激なライブビデオを買ったのがきっかけで、それから空が明るくなるまで布団の中で見続けてきた憧れのロックスター。元々友だちも少なかった僕は暫く誰とも共有できず、1人ではまっていた。そんなタイミングでの解散ライブチケット発売日前日。先頭に並んで一夜過ごしたのにもかかわらず、オープン後のカウンターにつけば東京ドームは文字通り一瞬で売り切れていた。その時たまたまオールで並んでいた中学の同級生らとバンドを組むことになり、ようやく共有できる仲間に出合えた。

今回、僕が一緒にこの映画を見に行ったのは、僕と同世代のボランティアの子達と、一回り下の職場の同僚であり、現バンドメンバーのギターキッズだ。

公開初日の映画館に来ていた人らもしかり、Xのファンといえば、並々ならぬ人生を辿ってきた人らが特に多い。暴走族のように特効服に身を包み、たむろしていると思いきや、彼ら彼女らが通り過ぎた後はゴミ一つ落ちていないというのは有名な話だ。何よりも義理人情を大事にする。それこそがXが教えてきた「胸張って生きろ!」ということだ。

映画を見た後は4人で朦朧としながら歌舞伎町を行ったり来たり、ようやく辿り着いた飯屋で皆共感のフィードバックが始まった。こんなにモヤモヤした気持ちがスパッと晴れるシェア会があるだろうかと想うほど有意義な時間を過ごし、そのままXカラオケに向かう。

僕自身、改めて、このバンドを見つけることが出来てよかったという安堵感と、見つけられてなかったらということを想像するだけでゾッとする恐怖が交差する。

なにより、X好きは間違いないという安定の信頼も、俺らこそがXという所以であろう。

これから益々世界に広まるであろう、このバンドをリスペクトし続けてきたことを、誇りに想う1日だった。

時間に余裕がある方は是非見ていただきたい伝説の曲。1曲30分。既存の概念をぶっ壊しくれるとは正にこのこと。聴くたびにこの曲とこれを生み出したXの虜になる。

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