慈悲と悩み事の神、弥勒菩薩の前で

「そうだ、京都いこう」とやってきた大好きな故郷。

厳密に言うと母方の田舎は日本海最大の海軍港有する舞鶴だが、高校生のあたりから京都市内に目覚め、20代になってから新撰組巡りを繰り返すようになり、更にハマった。

ここに来ると、その歴史有る場所に想いを馳せることができる。だから自然と歴史も知りたくなるし、想像できるようになる。

それだけ魅力的な土地に来年から住もうと思い、数少ない仲間を求めて京の都で束の間の再会を味わった。

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17(才)の昼、初めての京都市内観光で寺巡りのきっかけになった太秦広隆寺

心が洗われるような景色には、世界中で散々見てきた。

ケニアではキリマンジャロがそびえる地平線まで赤土が続くサバンナ、タヒチのモーレア島沖にある無人島のカラフルな珊瑚礁群、ナミビアの砂漠に広がるムーンランドスケープ、カナダではウィスラーの雄大な山々と湖、壮大な南極のパラダイスベイ、パレスチナが対岸に望めるヨルダンのデッドシー、フィンランド・ソグネフィヨルドではおとぎ話のような町並み佇むフラム、カリブ海に浮かぶコズメル島の海中遺跡ときらびやかなさかなの群れ、マルタ島のドラクエのような城壁入港、ドブロブニクの岩場カフェから眺めるアドリア海、チリ・バルパライソの丘にそびえる世界遺産の夜景、そして何よりも船上での朝陽煌めく大海原の夜明け模様。

それでも、やはりここ広隆寺にある弥勒菩薩から半径30mの空間は類を見ない雰囲気を醸し出している。洗練された庭園から苔の池を横目に奥のお堂に入り、十二神や迫力満点の大仏、背の高い千手観音らが周りを固める中、決して派手ではないが「悩みと慈悲をつかさどる仏様」としてその中央上座に堂々と君臨する様は圧巻だ。

僕が最初に此処に訪れた17才の夏は、弥勒菩薩から醸し出される覇気により圧倒されていると、隣の30代くらいの女性が一人で泣きながら立ち尽くしていたことを今でも覚えている。

人生あれやこれやとさぞ色々あったんだろう。そんな中、この慈悲の神様に許しを請いにきていたのか、はたまた何かの悩みを相談していたのかはわからない。それでも、全く歴史も何も知らなかった自分ですら、この仏様の前なら何でも聴いてもらえるような気がするのは間違いなかった。そしてどんな悩みや過ちでも受け止めてくれると思わせられるほどの包容力も兼ね備えている。

そんなこんなで以前、洋上フリースクールであるグローバルスクールの生徒だった自慢の妹分と、今回は此処に再度訪れた。

この角度、メタルポーズっぽくて滅茶イカス!

京都で戦う妹分と

お堂の中はあの頃のまんまだ。かの聖徳太子が築き、西暦600年代に出来たとされる最古のお寺は、今までもそうやって時を刻み、人々を惹きつけてきたのだろう。

老若男女がそれぞれの想いを胸に、「静かに」としか書かれていない空間の中で脱帽し、目を瞑って手を合わせる。

京都に住んでいながらお気に入りのお寺スポットを知らないという学生の妹分を、そりゃあ勿体ないと半ば無理矢理連れてきてしまったが、そんな彼女も此処の凄さにはすぐ引き込まれたようだった。昔は人の群れに入るのが苦手だった彼女も、今では人に何かを伝えるアーティスト的な人になるべく、日夜作品造りに励んでいる。慣れない土地で思い通りにいかないことも多いしまだまだダメダメだと嘆くが、そんな妹の姿がたまらないほど頼もしかった。

気がつけばまたあの頃のように菩薩を前に立ち尽くしていた僕の横で、中央に置かれたソファーに腰掛け、その姿と覇気を捉えるかのように、僕らは弥勒菩薩に暫く見とれていた。

空調設備が一切無いせいか、国宝を数多く安置しているお堂の中は冷気に包まれていた。

それでも相変わらず足を広く出した格好の妹は微動だにせず、神妙な面持ちであの空間全体を味わっていた。暫くして「寒い」と気付いたらしく、一言こぼして太陽を浴びた。

疑わないこと

夜はかつて「海賊」を名乗った元同僚と、今度の船で共に乗船する世界的パフォーマーである洋上ゲストと京都タワー裏の飲み屋に入った。そこから終バスまで延々と鶏皮せんべいをほおばる。

元々はワンピース作者の尾田先生からも取材を受けている洋上ゲストである彼の話から、ワンピースをテーマに語り尽くすと集まったのだが、今の船のあり方などの激論が繰り広げられるレヴェリー(世界会議)になった。基本僕らは掲げる生き方と現実の中で常に戦っている。そりゃいいことどころかかっこわるいことの方が多いわけで、けど、少しのこだわりからそれらを凌駕するほどのその人独自のスタイルに魅了されることがある。みんなどこかが欠けてて、どっかしらが光ってるんだなと再確認し、京の地を後にした。

今僕は人を信じられないとやってられないとこで生きている。

そんなもんは人生において大体そうなんだろうが、特に今はそうなのだ。だからこそ、たまに気がちっちゃくなることがある。そんなとき、何かにぶれるてる気がして自分が嫌になる。

けど、「疑わないことが強さ」だから、そもそも僕にはなかなか手強くて当然。自分にも周りにもいつも言う大海賊の名言だ。この前、夜の師匠に「ケンなんか弱さの極みだからな」と、最近相談に乗ってる子の前で言われ、なんか嬉しかった。

逆に心配していないところでは嬉しいことばかりだ。本当に人生とは味わい深い多重奏。

別に自分は人様の見本になろうなんてこれっぽっちも思ってないから、出来れば弱いままで居たいと思う。

 そう。なにもかも諦めていた十七才の頃から倍以上の年を重ね、僕もまた、人に感謝をし、更に疑わずに生きていきたいと、あの台座の前で改めて胸に誓ったのである。

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