世界中でこんなにたくさんの人がいるのに

人との出会いは本当に不思議。

出会える人・出会えない人

仲良くなる人となかなか実態がつかめず印象に残らない人、おもしろいと興味を引かれる人とあまりいい印象を持てない人、また会いたくなる人ともう会いたくない人、名前もなかなか覚えられないけど日常に溶け込む人と毎日から外せない人。

そもそも出会えない人、そんなことも求めてない人、動けない人。

それでもほとんどの人とはすれ違うだけで、それぞれ関係性を持つことは物理的になかなか難しい。けどそれもそれでおもしろい。だからこそその中で出会えた人との奇跡を感じざるを得ない。

人はどうしたら仲良くなれたり、離れたりするのか。相性、タイミング、運命、色々あると思うけど、人の悩みのほとんどをしめる人間関係にはそれぞれ答えがないから厄介だったりする。

色んな手法でそれをうまいこと分類・分析したがる人もいるけど、そんな素質論にカテゴライズするのではなく、単純にその人らの関係ってことなんじゃねーかなと思うほど、人は簡単にくくれないのではないだろうか。占いや血液型や誕生日でもそうだけど、そんなんでくくられたら逆に気持ち悪い。どこに分類されたとしても誰にだって色んな心当たりはあって当然だからだ。

ただその偶発的に必然として訪れる出会いのタイミングは誰にもわからないし、逆に言えばいくらでも作れて、それでいて作り直せるんだと思う。うん、そう思いたい。

夢のセッションでウトウトかわいい生徒

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世界は広い

それは知っているつもり。それでも人は、誰かを求めるときにその世界自体が狭くなり盲目になることがある。誰かの代役はいるかもしれないけど、その人以外の代わりはいないからそこまで人は悩み、その切なさの中で焦げ落ちる。

つい最近も身近で色んな涙を見た。これは勿論恋愛だけに留まらず、色んな関係性において人が人を思うから生じる愛でもある。思い通りにいかないのは世の常として、違う方向に行かないように大事な人を案じる気持ちがなければそれはそれで寂しいものだ。

だから色んな人がいて色んな意見も方法もあることを忘れないでほしい。

「そんなのいらない」と思う人も、出会ってからいってほしい。本当に出会うべく人が、少し動くだけでもっと出会えるのにと思う日が多々ある。

誰も見えない暗闇の中に一人落とされる夜もある。それでも、だからこそ、そんなに大事に思っているならなおさら閉じこもらないでほしいと強く思うのだ。そのために世界はこんなに広くて深くできているのだから。

知らない人を知ること

「愛とは他人の人生を知ること」。尊敬する灰谷健次郎さんの言葉だ。

少なからずとも人は何かの影響で無意識のうちに何かを差別し、そしてそれを選択せずに除外してしまう。そんなことはなかなか想像できないから?「イマジン」がアメリカで放送禁止歌になっているように、世代によっては全く違った価値観の温度差を生じる。

実際知っている知らないでその人との仲が比例することはない。人の過去を言う必要がないことだってたくさんあるし、言ってもただの安心材料になるかでしかないときだってある。

それでもこの世界はその日の選択や偶然により、何かちょうどいいヒントのような出来事を引き寄せてくれる。閉じこもっていてはメールすら開けない。そういうときは動くのだ。他の誰にも自分の自由を脅かす権利なんてない。それなのに目に見えないものや近くのトラウマや悪い癖に人は支配され、その言動とは裏腹に簡単に大事なものを手放そうとする。

何が言いたいかというと、人の出会いはそんなに簡単に深められるものでもないが、逆に切れるものではないということ。ちゃんと自分を出して(大半これがしっかり出来ないからうまくいかなかったりする)もっとちゃんと向き合ってほしいと願うのだ。じゃないと何のための出会いだったのかがあまり見い出せないのなんて悲しすぎる。

70億人の人が住むこの星で、出会わなければ良かったなんて出会いはないのだから。

インド洋上での太陽と海の裂け目

去年は樹木さんとも会えた毎年恒例の来年会。今日は誰と会えるのか。。。

マジで。世界中でこんなにたくさんの人がいるんだからね。

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