夜は心を吸い尽くし、太陽は人を生き返らせる

だいぶ前の話。夜回り先生が言っていた。

「夜は人をダメにする。人は夜寝るように出来ている」

だから夜中は文章でも考え事でも何をやってもうまくいかないと。

人と出会えば出会うほど、確かにそうだなと思う。

心が闇に入りやすい人は、大体夜に寝られなくて、太陽の光を半分も浴びていない。

それはあたたかみであり、身も心も栄養を満たす行為。

勿論、中には映画「タイヨウのうた」のように日の光が毒になる病もあるみたいなのでタイヨウだけのことではない。

それでも夜は確実にいい結果をもたらすことが少ない魔の時間帯で、今日も誰かを蝕んでいく。

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夜は人をダメにする

メキシコ・カンクン港

夜回りをしていた頃学んだことがある。当時「いつでも連絡してきて」というドクロマークの名刺を配っていた時は日夜様々な悩みをぶつけられていた。その中で、どうしてもうまくいかないときは決まって夜中の会話だった。

日中よりも遙かに永遠に感じられるあの時間感覚。それは闇の魅惑であり、夜の大きな落とし穴。若い頃はよくこれにはまっていつの間にか理由もわからずやられることがしばしばあった。

いくら話しても夜のバッドスパイラルに巻き込まれ、いい方向に行かないくらい不安に襲われる。そうするとそのネガティブな気持ちはどんどん深く沈んでいき、やがては余計出口が見えなくなったりもする。そらそうだ。それは現実逃避の甘えでしかない。

誰かに頼り始めることが出来たとしても、いつまでも好転しないように。

結局大事なことは自分で選ばなくてはいけない人生、誰かにすがっても肝心なところは自分で決めるしかない。

話を聞いてもらいたいのに、そもそも求めていたはずの跳ね返りすら全然聞いてないということもしばしば。ただその苦しみから逃れたくて寄りかかりたいだけなのだ。ただただ寂しいから。そんな自分を認めたくないから、いつの間にかまたより深みにはまる方をわざわざ選んでしまう矛盾したジレンマ。

以降、今でも24時以降の連絡は交わさないようにしている。それでもよっぽどのことはない。

そもそも「いつでも」というのは怖い約束だ。一回でも出られなければどんな理由があれその信頼は崩壊する。そしてそれほど効果のあることですらなかったりもする。

というわけでつい落ち気味になってしまう人には夜は意識して寝ることをお薦めする。

もちろんそれは一概に言えることでもなく、稀に必要な夜もあるわけだが。

フランス・ボルドー(夜)

太陽から得る力

フランス・ボルドー(日中)

もやもやした気持ちが眠気と共に相殺されるような朝がすき。一日の終わりを感じさせる西日が苦手。月が明るい夜は深呼吸したくなる。

そうやって必要なものは目に見えないものから得られていたりする。

少なくとも部屋から出られないくらい体調不慮の時や凹んでるときでも、外に出て日の光を浴び、土の匂いを嗅いで素足で芝生を歩くだけでリセットされることもある。近所の公園にある木漏れ日落ちるベンチ。鳥の鳴き声、色付いてきた花の蕾。そんな日々の変化も自分にだって起こっていることを気付く瞬間。フォースと共に五感以上のもので感じてみる気になってみる。

昔は大嫌いだったものが今好きになれたのは、自分のこだわりが邪魔をしていたから。

なりたいものへの傷害は、案外うちに秘めたこれまでの癖だったりする。好きも嫌いも、その本質を感じてない人には選ぶことだって出来ないくらい深いもの。それが筋。

科学的に証明されてるどうこうの理屈よりも、肌で感じて効くこのエモーション。

今夜もこれを見ているあなたが今日一日を抱きしめて、ぐっすり眠れますように。

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