覚悟のありなし

ちょっと前にやり手著名人の覚悟の話を聴いた。

今のご時世、多くの人は「幸せになる覚悟」が出来ていないという。彼に言わせれば、普段本音も出せず、言える人にだけ愚痴って辛そうな顔で悪いことばかり話す人なんかには覚悟が足りてないとのこと。人生悩みなんか無くならないんだから、何でもない顔をして徳を積めというのが要約した解釈。だが一理あると感じたと共に、そうもいかないから人間なんだろうと反面思ったりする。

確かに巡り巡って自分から出した言動は跳ね返ってくるものだが、しんどいものはしかたがない。それでもそう意識することで全然変わるというならあやかりたい気もする。

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そもそも覚悟して生きてる人って一握り

僕は別に成功者になりたい訳じゃない。ただ、自分も周りも自由でいられるために情報は武器だ。

それを知らなかったがために命取りになるようなことすらあるくらい。

自分もそうだが、毎日100%出し切って生きている人はどれくらいいるんだろうと疑問に思う。そこまでストイックにならなくても生きていける。けど結局現状満足しない日常があるなら、確かに自分自身の何かを変えなければならない。

更にそもそも覚悟とは、やりたいことがある人にしか当てはまらないのかというのも疑問だ。勿論先述した決まり事は自己啓発の延長の知る人ぞ知る常識破りなジンクスでしかない。その言葉に縛られて本末転倒しても仕方ないからまず自分を振り返る。

今自分が持っている覚悟があるとすれば、「人の中で生きる」と決めたことだろう。苦楽を共にしてテーブルを囲む。自分と相手と世界を受け止める。

勿論たまに受け入れることが困難なことがあるから、冒頭の言葉なんかに出会って疑問を感じる。だからダメだと言われたらそこまでだが、人の持つ味わいを決まり切ったセオリーに当てはめたくない。あくまで自分は自分らしく。それすらない人は求めなくてもいい。思ったままに世界が動いているなら、見える世界は毎日変えられる。

実際、一週間後に東から西へと引っ越す身としては、有り難い時間が増える中、まさに再確認の連続を体感しているところだ。

妹分の感謝に触れて

生徒から13日にもらったイラクや被災地への支援チョコレートと生徒の手

出勤途中のタイヨウがまぶしい朝、梅の花が咲いているのに気付く。まだまだ新宿の空は寒いけど、そろそろそんな時期みたいだ。

妹分達からの送別の贈り物をいただいた。かたちではないが、心から嬉しい気持ちをそこに染み込ませる。思えば東京に来てからの13年。いろいろなことがあった。

10回を越える乗船勤務から地球7周分の出会いとドラマ。初めて知ったという学びの毎日に驚愕する日々。そして夜回りでの面倒臭さを通り越えた命と向き合うエピソードの数々。やりたいことは大体やってきた中途半端さから、そろそろもう一段階上を目指したい今日この頃はライフイベントを重ねる現実に向き合わされる。そうすることでまた新たに見つけた出会いと発見。そして気付かぬうちの大切だった別れ。

慣れ親しんだ場所と大事すぎる出会いも含め、何度も助け合った仲間達と職場の机。

もう会えなくなる訳じゃない。けど、確実にちょっとやそっとでは今まで通りにはいかないもどかしさもあるだろう。見知らぬ土地での新生活にむけて、周りへの感謝を忘れたくない。

素敵な色紙と粋な計らいをしてくれた妹分からのプレゼント

どこを目指して今を生きるのか

10代の頃に憧れた格闘家エンセン井上は、試合に出るたびに遺書を書いていたという。そこまでのものでなければ覚悟として認められなければ、かなりのハードルの話。ていうかそこまでされたら逆に迷惑。

そもそもどこを目指していくかの連続でここまで来た。これからもそうするつもりだし、そうありたい。

関西でやりたいこといっぱいある。

イベントもコミュニティもどんどん広げていきたいし、未だ見ぬ世界も人も知りたいし繋がりたい。それですらまだまだ狭い世界。海のように深く、タイヨウのように人に栄養を与えられるように、いつだって革命と冒険の基本のまずは自分から。

断捨離の引越準備で思い出す忘れかけてた代物。当たり前だったけど、ここから離れる日常のタイムリミット。埋まっていく手帳。今自分は何を選び、どこへ向かうのか。

MAY THE FORCE BE WITH US

今日もこの空と繋がっている大事な人たちに感謝だ。

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