サイレントマイノリティ~この時代に生きていることを伝え続けるという覚悟~

ネットの世界は嫌いだけど

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新たなるメッセージ

はじめましてで言っておくが僕はネット社会(とりわけSNS)が大嫌いだ。

ここには顔も見えない者に対しての疑いと偏見と有ること無いことの盛りつけられた言葉が無限で無責任にばらまかれている。ある大海賊は、「疑わないこと。それが強さだ」と静かに豪語し、それには強く共感するが、あまりにも量が多すぎる割に選択肢や信憑性が欠けるのも情報のデメリットとしての現実がある。なのにもかかわらず、皮肉にも現代の人々はそんなものに対して無意識に親指を上下に動かす。そんな希薄な人間関係渦巻く寂しい日常。そら絶望して現世を諦める人も減らないわけである。

それでも僕はまさにその中でこのセカイを伝えることをしていた。

このセカイは知らないだけで、全然捨てたもんじゃないということを。

だが結果、そんな世の中の寂しいシステムに嫌気がさし、僕はいつしか伝えることをやめた。

けど、本当にまんまとそれで伝えること自体を途絶えさせていいのだろうか・・・。この問いが容赦なく自分を蝕んでいく。

歴史を繰り返すわけにはいかない

あれだけ欲しかった名声も、もう今は欲しくも何ともない。だからシンプルにこうやって想えるようになったのかも知れない。

良くも悪くも人は学ばなければ歴史は繰り返す。

どこかに届くというヒカリがあるなら、この声なき声を響かしたいという願望はまだこの僕にも残っている。それは、現在2016年の日本の価値観の狭さ小ささに大きく関わることだから、ここから改めて僕の周りにある声を紡ぎたいと想う。

これはありとあらゆる事に通じることだと想うが、人生、ただ知らないだけで人の運命は劇的に変わる。

顔も見えない人に伝えること自体を諦めないように、僕はまたあのときみたいな出合いや気付きを求めて、また歩き出せた。

まっすぐな気持ちを持って生きてる奴が潰される不条理な時代はもう終わり。

逆に想いを持ってしてでないと生き抜けない時代に備えて心を磨き、見聞を広げて選択肢を広げてみてはどうだろう。これは理想論でも夢物語でもない。人としてこの時代にせっかく生きるのなら、その方が面白いのではないだろうか。

カッコいい大人が近くにいるのか

僕がやりたいことはただひとつ。

カッコいい大人を増やすこと。

そうすりゃ若者は未来に絶望せずに済むどころか、今が楽しみでワクワクするだろう。

少なくとも、こんな自分たちを救ってくれた音楽も、映画も、ドラマも、本も、芸術作品も感動も、それを創り出した人々がいるなら、時代を超えたって、そしてそれを知ることが出来た事実があるなら、このセカイは終わらない。

今生きている人々に求められていること

全てはこれ以上、自分で自分の命を諦める必要はないと言うことを伝えたいがため、ここでは世の中の不条理と、それに立ち向かうカッコいい大人達を紹介していきたい。

僕もそれを知ってこの時代を見直せたように、同じ時代で戦う同士に向けてまた声をあげるよ。

しらねーことは、こえーこと。本当はたったそれだけのことなのに、それを知らずに諦めることを大人と勘違いする人らが増えていくことがやりきれなくてたまらない。ただ知らないだけでそんなことにもなったりする。けど、本当はもう大丈夫。あなたはこの文章もここまで見れた。と言うことは少なくとも何かを求めて生きている。それだけで嫌だと思う日常は抜け出せる。クソみたいな現実が目立つのは、それを潰そうとして直向きに生きる人のことを恐れている見えない権力が働いているせいだとしたら?

セカイは知れば知るほど面白い。けど中途半端だと半ば馬鹿馬鹿しくなってくるだけ。だったら知ってる奴らが繋げればいい。

死んだ面して生きる事なんてないのだから。

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コメント

  1. あやか。 より:

    けんさーん!
    いつも更新される度、読んでるよ!
    どれもめっちゃ熱くて自分の中に
    ストンと入り込む感じなんだけど
    やっぱりこれが一番イチオシだな!
    これからも更新楽しみにしてます!