いつも通り、まだ見ぬ世界へ

メッセージ

このTシャツいつも欲しいと想うけど白だしちと高い。。。なぜか西院のセブンに売ってる。

2021年が明けた。BiSHは無事再開し、プペルは感動を呼び、ワンピースも1000話に行ったのに、コロナは増え緊急事態宣言に。ほとんどの大人が困っている中で、日本も世界も暗雲の中から未だ逃れられていない。

僕のもとに寄せられる未成年たちの相談も、また未来に希望を持てずに「もう消えたい」という声も同じく止むことを知らない。

それもそのはず、大人が死にそうだからだ。

年末行った全国の同僚たちとのギャザー同窓会。久々船に乗ってる感じだった

いつも通り混沌とした世界の中で

それでも世界はこれまで同じように回ってきた。人や国によっては何事もなかったかのように。ある人によれば、なんとかかんとか生き抜いてこれたと。情報開示、独裁、言論の自由、情報操作。様々なものは異なれど、珍しく全世界同時に明日が見えなくなって来ているようにも見える。

それでも人が生きていられるのは何でだろう。

世界恐慌、先の大戦、911同時多発テロ、リーマンショック、311東日本大震災、アラブの春。そのたび動かされた民衆の中に必ず出てくる、それらをきっかけに気付いて動けるようになる人。

これらだけではなく、そもそも世界がウイルスに侵される前から、対岸の火事だと思っていいものなんて一つもなかった。どこだってなりうる状況で、事故も病気もしかりそもそもそうなのだ。

いつだって変わらないのは、じゃあ自分は何を選んできて、これから選ぶのかという選択肢と柔らかい頭かもしれない。

いきつけのBASEの面々と「聖地」平安神宮に初詣

今人々が求めているもの。

じゃあ今人々が求めているものは何なのか。

テレビも見ないし、マジョリティはわからないけど、周りの仲間でめっきり話題なのは「えんとつ町のプペル」がとにかくよかったという話。普段ラブ&ピースを嫌がる淡白な友人ですら後半ずっと泣き続けていたらしい。お前が泣くなんて何があったんだと想うほどそれは宗教染みたものに近いムーブメントがある。ちなみにおれはどこの宗教にも属していないがどちらかといえば宗教肯定派ではある。そもそも偏見の固まりな日本だからこそ理解出来ないかもしれいが、キンコン西野さんが言ってた「知らないものは宗教=嫌いになる」という気付きには強く共感する。

簡単に言うと「夢を見る」ことを馬鹿にしたり反対する大人たちを黙らせるという挑戦者の話らしい。

・・・え。それを求めてたん?

こういうのがヒットするということは実に悲しいこと。どうにもできない夢なき社会の容認になってしまうからだ。

日の出後の初詣2@嵐山

腐った社会とはだれなのか

僕ら活動家の中ではよく言われるのは「こういう仕事がなくなるような世の中になったらいいのにね」。

プペルが感動をまきおこしたのは「なんでも反対する挑戦しなかった大人たち」がいることに対するアンチテーゼだろう。沢山の仲間らが見てみんな「ずっと泣いてた」「感動したから絶対観に行ったほうがいいよ」「なんで見ないの?」と。で、うるさいから実際見に行ってきた。

結果まったく泣けなかった。あまりの出来事にエンディングロールを見ながら「もしかしたら自分はこの社会をどうしようもなくさせてしまっている大人の一人なんじゃないか」と思ってしまうほどまわりにバレないように頭を抱えていた。これならこの前見たワンピースダイジェストのほうがよっぽど号泣した。

アニメ「ONE PIECE」20周年スタートPVロングバージョン~1999-2019~

けどよくよく考えたらここで言われていることは俺の中での当たり前になっていたからだろう。

正直「なにをそこまで?」である。それでも何か大事なものが揺れ動いたのであれば、俺らが出来ずにいたことを西野君含めその賛同者の方々がカタチにしてくれたのだからすごいことには変わらない。

じゃあその「芽を摘む社会」って誰なんだって話。これがこの国のマジョリティであり、「見てもないものを否定する人」「挑戦者に対して夢食いをして反対する保守的な層」なんだろう。なんだか悲しいけどこれが現実。俺らの時代で言えば「踊る大捜査線」のようなものなのかもしれない。組織のルールに縛られて一人一人のやりがいを感じることが難しくなったサラリーマンたちに、上司に立ち向かって信念を通す人のカッコよさ。それは確かにあった。

そんな誰が見てもかわいそうな世界に僕らはいる。それが現実と諦め、他人の夢を応援できない大人たちが「それをやって何になる?」と。あの時自分が捨てたことに対する肯定のためだけに無意識に他人の夢を否定するのなら、それは文字通り夢も希望も血も涙もない。

そんな世の中で、まだまだこのセカイも自分の夢もあきらめてない人たちがそれだけいるなら、それはそれでうれしいことなのだ。

兄弟分が年始に京都にやっと来てくれた!@八坂の塔

それでも世界は成長している

人は歴史を学ばないから、上が育たない。もしくは上が下を押し付けるから選択肢が消されてしまう。そもそも上も下もないが、ここで言いたい話は各国政府と一般市民という構図だ。コントロールしやすくした国民はいつの間にかに思考停止状態にさせられて、あらゆる手段で苦汁を舐めさせられる。本来立場が逆転しないと筋が通らない話も、未だ格差を生むばかりだ。

今回プペルの制作や応援にかかわった人たちも、その構図に気付き、理解した人たちなのかもしれない。これまでも音楽や民主化運動の中でも出てきたように、これがあればすべて解決するという万能薬も、日本一うまいラーメンや、誰もが憧れる万人受けする人間などいない。

だからこそ個々の意識が問われる時代。土だか風だか水なのかはわからないけど、元旦に相変わらず進み続ける兄貴分からいただいた年賀状にも記されていた「learning design lab.」のような取り組みがまさに必要な時代なんだろう。

Learning Design Lab. | よのなかの「分かり方」を発見する
学校では教えてくれない、教科書にも載っていない、でも、人生において大切なことについて、さまざまなテーマを設定しながら、それに関連した「学びのコンテンツ」をキュレーションしていく Learning Design Lab.(ラーニング デザイン ラボ)

進み続ける人はまだしっかりとその芽に花を咲かせている。それが有名無名限らず、誰かの心に光を刺して明るくし、このセカイをわくわくする楽しみなものに変えている。おれもそんなことを伝えられる大人でいたい。

わからないものを嫌いにならないように。「コロナって誰か見たのかよ!」って話。インフルエンザとの区別もわからないなら、今まで通りの発熱症状だけなんじゃないのか。そもそもウイルスに負けない体づくりは誰が提唱しているのか。それこそこれまでの添加物・消費大国としてのやり方を見直し、食品・日用品業界や教育・メディアなどの改正をするほうがよっぽど効果的ではないのか。

そんなことを想いつつ、これからも諦めない人たちと生きていく。たまにはこうして肩を並べて飲んで。

久々の語らいは八坂神社から清水寺では収まらなかった@ねねの道

 

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