オンラインだろうがなんだろうが

先日オンラインの職場飲み会をやった。宴が命の僕らの職場だが、船も出ないこんな状況だからこれで我慢するしかない。

そしてこれがまた蓋を開けてみれば、船上で4か月に一度行われる船交流会とほぼ一緒の感覚だったのには懐かしさを感じた。80人前後で行われた同僚とのネット飲み会。ここにもまたさまざまな葛藤が見え隠れしていたのである。

オンラインの良さ

コロナ禍でハグする機会が減った同僚だが、逆に顔を合わす機会は増えた。オンラインだ。これによりどこにいようがネットで繋がるようになった。これらはコロナ以前からも出来たことだが、この一年で一気にこの文化が定着した。僕らが今回使用したのはギャザー。

そのため、まるでその場でテーブルを囲んでいるかのように、話したい人のところまで行き、そこで顔を見ながら語り合うことが出来るようになった。これは画期的なことなのかもしれない。ただただ会いたいと思った人たちとは、時間さえ合わせてしまえばどこの国にいようとも会合はできるからだ。しかも交通費もかけずほぼ無料のような値段で出来てしまう。

最初はかなりの衝撃と感激に包まれた。去年できなかったことが一気にできてしまったといっても過言ではないくらい、語りたかった人らと一気に楽しい時間を過ごせた。それどころかはじめましてもそこで紡がれていき、その後の仕事もしやすくなる。改めて思うのが、人は見た目や雰囲気だけではわからないということ。そんなギャップがまた面白いのも知らなかった人と話すコミュニケーションの特徴だろう。気が付くと、これはパソコンの中に向かって話していることも忘れるほど洋上と同じく終電を気にせず語り明かし、まるでその場に一緒にいるかのような感覚を持てた。

ただ、そういうところに出てくる人はいい。問題は出てこない人らだ。僕も大勢や集団行動が苦手なほうなので気持ちはわからんでもないが、中にはずっとコミュニケーションはとれないまま置き去りになる人が出て来てしまう。

オンラインじゃなくても

想えばそれは、陸だろうが平時だろうが、船の上でも結局一緒。

こういう時、来ない奴は必ずいる。このころ中で早く店が閉まり、同僚との会食も禁じられているご時世に用事が入っているわけでもないのにも関わらず。それでは交流にもならないからすごく残念。けど思えば俺も船ではそういうタイプだったかもしれない。「みんな一緒に」が出来ない多様性があるから面白い。

近頃は世間でもよく聞くようになった「コロナが終わったらできるんだけどね」。

この言葉は本当に切実だと想う。人生が変わるくらいの大損害を受けた人たちのほうが圧倒的にマジョリティだろう。当たり前だったことが出来なくなる。予定が立たない。何より、どれが本当かわからず裏の取れていないうわさ話にも似た情報が飛び交うからより人が不信になっていく。

中にはこれを言い訳のように使う人まで出てきた。けれど、そういう人は平時だろうが多分やらないだろう。人はいつの間にかできない理由を並べて自分が出来ないことを正当化しようとする。プペルのアントニオみたいなもん。そもそも「コロナがなくなったら」ということ自体がナンセンスのように思えてくる。

そもそもインフルエンザが流行した100年近く前には「インフルエンザがなくなるまで何もできないね」となったんだろうか。より怖いのはワクチン。こんなバッドスパイラルは、人々がメディアリテラシーが低いうちは終わらないだろう。そもそもメディアも政府もどうしたらいいかわかってない。時は過ぎて、人々はまた何も学べずに繰り返してるのかもしれない。何かのせいにしてまで。

「コロナがなければ」の人は、なくてもやらない

やりたいことがあるとき、それがうまくいくかどうかわからず何かのせいにして諦める人が多く目につく。こちらから言わせれば、それはコロナがあってもなくてもその人はやらないということ。

「お金と時間が出来たらやりたい」と言ってる人と同じくらい、今それを選ばないということはそれだけの優先順位ということだが、ほとんどの人がそれ以上の優先順位を選んでいる自覚がなく、日々の不満を漏らしている。

今目の前にあるものは全て、僕らが欲しかったものばかりで埋め尽くされているというのに、言いたいだけのリタイヤ組も、これからが不安で諦めている未成年も、結局は最初からあきらめてしまっているから気持ちがそもそもそこにはない。それではできるものもできなくなってしまう。

想ったことや言葉にしたこと、文字にしたものが実現化してしまう世の中で、いつまで人は思ってもないことを口にして彷徨い続けるだろう。

それでも選んだ今があるなら、せめて今日の自分で目の前のことを楽しんでほしい。やりたかったことよりもこれを選んで今があるんだから。

今人々が胸に秘めてること

そんな人と会うこと自体が非難される今、どうやって心を通わせよう。

ただ今はせっかく頑張って入った学校にも行けず、新しく出会えたであろう人とも会えずに、思い描いたキャンパスライフや新社会人生活を過ごせていない若者たちを想うとやるせない。

俺らはもうさんざんやってきた。青春と呼ばれる馬鹿なことも、失敗も。やったらいけないことなんて本当はないはずなのに、マスクをしなかっただけで大喧嘩をする大人まで出てくる始末。そもそもそれは何でやらなきゃいけないのか、やってはいけないのか説明できますか?

イライラするくらいならお笑いでも見ていたほうがいいと、先日オンラインで出会った方が言っていたのもうなずける。あれだけ時間の無駄と否定してきたバラエティだけど、もはやしんどい時こそ笑うことが大事に思えてくる。もちろんそれがオンラインでもオフラインでも、出来たらいいよね。

またあの時以上の日常を目指して、僕らが諦めるような社会にしないために。

コメント

タイトルとURLをコピーしました