世界の捉え方と発信方法

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京都で出来た大事な仲間が東京に戻る。
その前にと彼が行きたかったという展覧会に行ってきた。

これまでの社会問題、今のプライベート、そしてこれからの未来も話せる大事な同志。

そんな彼が一緒に行きたいと言ってきたのは、バンクシー展だった。

バンクシー展 天才か反逆者か
2020年10月9日(金)~2021年1月24日(日)大阪 | 2021年2月3日(水)~2021年5月31日(月)名古屋 | 世界のアートシーンに衝撃を与える70点以上の作品が、過去最大級の規模で日本初上陸!

バンクシーという手法

彼を初めて知ったのが10年以上前。パレスチナ西岸地区の分離壁に描かれた「風船で飛び超えていこうとする少女」の影絵を知った。そもそもパレスチナの分離壁なんて、近づくだけで撃たれるかもしれないという危険な場所でどうやって何個も広範囲にわたって描けたのか。これぞ切り絵の上からスプレーをかけてできるステンシルならではの特性だろう。

何よりその想像力とユーモアと、社会に対するメッセージ性を強く感じた。またそれらが人々によって称賛されるくらい広がっていく力もまたすごい。

何よりここまで世界的に有名なのにもかかわらず、よくわからないのが正体不明のアーティストのままでいることだ。それだけ頑張っても、ここまで有名になる現役の絵描きはいないだろう。逆に謎だからこその話題性だとしたら、なおさらすごい。

バンクシーの中で最も好きな花束インティファーダ

謎だろうが何だろうが

愛しのパレスチナにも!十分世界一周しているバンクシーすごし。南米行ってないみたいだけど。

彼が世間に向けて問いただしているテーマは戦争、自由、消費、政治ってとこだろうか。

人間として生きるために大事にしたいこと、人々が忘れているもの、気付かなければ手遅れな警笛。いろんな角度からそれに感銘を受け、それらに触発される人々がいることは紛れもなくこの世界の救いだ。ただこれも解釈。名前と絵のみで、twitterでの投稿だけで、果たして人間的に交流することは可能なのか、意外と不器用な側面もあると想う。

なんにせよだ。ここまで顔出しもせずに世界や人生、様々な価値観を考えさせてくれる存在は世界的にも稀である。

僕らが問われていること

バンクシーの目的の一つの消費に対して不満があるらしい。

確かにそうだ。人は発展し続け、大事なものを置き去りにしては争い、病み、本来毎日生きてることすら奇跡という根本を忘れがち。それでいて何かを買ったり食べたりの贅沢を消費することに対するありがたみをステータスにしか思っていない人たちがいたり、それに振り回されることもまた事実。

そして監視。それを客観的な目で、あくまでショッキングな方法で掲示したりする手法は、ある種一歩離れた視点で皮肉を込めるから、人の愚かさなどが素直に入ってくるものなのかもしれない。

それでも世界中の子どもたちには非がないことや、動物を使った手法で人を馬鹿にすることもまた考えさせられる。

いずれにせよ僕らは誰かが作ったもので振り回されている。そして肝心なのは、自分はどういう意見を持ち、何を選んでいるかということ。

高らかに人々が言う「世界を平和にするということ」は、僕ら自身に毎日委ねられている現実だからだろう。

いつだってこの瞬間はここだけしかない。

どこにいても同じということ

大好きな行きつけ「士心」お別れ会。豪華な肉や酒がテーブルを彩る。

そんな帰り道、敬愛する兄弟分と今日のフィードバックをしながら、惜しまれつつもまた一つ大事な行きつけの店がなくなってしまうということで共に駆け付けた。

京都の中心烏丸で10年以上サムライレストラン「士心」を支えてきてくれたトモさんがご家族の待つ土佐へ帰られる。志ある者の集いの場としてここを存続させた功績は、あそこに集まってきた元従業員の方々や常連客の愛を見れば明らかだった。

こんなあったかい空間を手放す覚悟を決めたトモさんもまた粋である。まさにご自身がこれまで提唱されてきた「無条件の愛」の実行だろう。こちらまで暖かくなるような豪華絢爛なお食事と時間をご馳走してもらい、素晴らしい人たちに囲まれた愛の空間が京町家を囲んだ。

それでも彼はこの間様々な人に相談しては悩みまくっていたと思う。様々人脈と選択肢、そこで出した答えが家族の元に戻り何もしないということ。これには今後の世界の不穏な動きなどで計画が立てられなくなったことが基盤とあるようだが、まるでガンジーのようにこの世界に非暴力で立ち向かう準備を始めた彼には此処での未練は残っていなかった。やりたいことはさんざんやってきた。これ以上ほしいものなど特にない。そこには強く共感しかない。

そしてこの日行動を共にした琉ちゃんもまた東京に戻る。一期一会。出会いがあれば別れはあるのはみんな知っているだろうが今はまさにオンラインもこれだけ発達・定着した。近くにいても会わない人がいるように、距離はもとより関係がないのかもしれない。

フラット顔観に行くことが出来なくなっただけで、また話したくなったり何かしたくなったら自然と会えるように、今はただ一時の「ありがとう」「またね」で締めくくりたい。その時まで互いを磨きあってまた刺激を与えあおう。

 

敬愛すべき士心代表ともさんの卒業式。人徳全開の温かい夜だった。

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