気付いた人気付けない人

大阪・京都と、好きな店が次々になくなっていく。大好きな人がやっていた行きつけの愛ある場所や、HARD ROCK CAFEですら大阪・京都と閉じてしまった。

そして人生の師匠である敬愛するあの方も、自分の仕事以外の依頼は受けないことにしたとかなり疲弊していた。おそらくそれは混迷する時代の中で多忙だったからではないと想う。

自分自身が生きていくうえで、もうどうしたらいいかわからない時代になってしまったからなんだろう。

初なばなの里。海の中に咲き誇る奇跡のサクラ

新たなる時代の中で

大好きだった場所が次々になくなる中でパソコンに向かうことが増える。

会うことがめっきり減ってしまった大事な人らに会いたいけど、今はどこか世界が壊れてしまったようだ。日常生活も普段当たり前にやってきたことも、今後はかなりの変動があり、数々の仕事も変化していくことだろう。これらは決してコロナだからとかではなく、もともとそうなる流れにあったもの。

何でもかんでも時代やコロナのせいにしたくなる気持ちもわかるが、なにか言い訳にしてしまっている人が増えているのもまた事実。そもそもの話で持続可能じゃなかったものまで淘汰されている。

そんな中でどこにアンテナを張り、誰と繋がっているのかは、これからの時代の変化に対応して生きていくには不可欠な要素だろう。そういう話を長年の親友と語れること。それが今の幸せであり、今のすべて。高い空と眩しい海を眺めながら、あっという間に時間は雲のように流れていく。

神戸からトンネルを抜けて、一面海になる此処は何度通っても胸躍る。

気付く人

気付いている人はもう気付いている世界の残酷な仕組み。大事にしたほうがいいもの、これからもそこに変わらずあるものといつの間にかになくなっていくもの。

コロナ対策するより自分の免疫を上げるにはどうしたらいいのか。日々の食事や睡眠、普段選ぶものもまた自分で、同じく選ばされていることも自覚したい。それらが己のメンタルや病気を創っているとしたら、みんなちゃんと考えるようになるんだろうか。

「具合が悪くなったら病院へ行く」という方法しかほぼ知らない僕らは自分の殻のこともよく知らない。気持ちのことなんて言ったらもっとわからない。だからこそ自分の身近な「知らないこと」を学び続ける必要がある。

この間色んな情報が飛び交うコロナやワクチンのこと。ニュースは理研がらみばかりでまったく真相がわからないし、裏が取れない都市伝説にももう飽きた。少なくともそういうことを話せる周りがいるかいないかは大違い。自分事として目の前の人と考えや情報をシェアすること。これもまたいろんなことに気付くきっかけの大事な場所になるだろう。20時や21時までという営業規制の下、会合や会話自体が減っていくのと反面、せまーい宅飲みや画面越しの終電のない時間はより格差を広げていく。

この程度では社会が離散していくばかり。さて、あなたは今何を選んで、これからどう変化していけるだろう。

たまたま通りかかったら、30年近く続いたHARD ROCK CAFE OSAKA最後の日の行列に出くわす。

変わらないことが怖いこと

先日京都の友人が言っていた響く言葉。

「どんな人生があろうと、自分が変わらないことを選ぶことが一番怖い」。

こう思えるだけでだいぶ違う、毎日への心構え。

人の常識や行動にしろ、その時存在するお店、カルチャーや政治だって、常に時代に合わせて変化していく。乗り遅れることなんてどうだっていい。なんだって気付かなければ人は過ちを繰り返し、目を当てられない現状の中で頭を抱え続けることになる。

耳障りな風の時代がどうだとかはどうだってよくて、それでもいつだってシンプルなのは、結局そこに愛があるかないかだと想う。

今回はずいぶん書き始めてから時間がたってしまった。それほどたくさんの想いや笑いがあふれた時期。彷徨える僕らに問われる、周りにいる人からの情報や気持ちが心地よい。胸糞悪いニュースばかりでも、目の前の人が愛に溢れていたらとびきり幸せ。お金や時間や希望がまだ見えなくとも。ホンマに生きてこそ。そこにあいがあr

春の息吹を感じるまだ肌寒い空の下で。

凍てつく寒さの中でも、しっかりと開き始めていた存在

 

 

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